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モノ2020.11.13

輸液作業を可視化!看護現場のエクスペリエンスデザインを実現した「Drip Navi」とは?

看護のシーンには様々な業務があり、輸液もそのひとつ。

輸液ポンプは患者への投薬に使われますが、自然滴下による投与はさらに多くの患者の治療に使用されます。投薬の種類によっては患者の生命に関わるため、この自然滴下の輸液行為を精度良く、効率よく管理することが看護業務に大きく影響しています。

そんな中、誰でも効率よく、制度のある輸液作業の支援を行えるIoTツール「Drip Navi」が誕生しました。

点滴(Drip)をナビゲート(Navigation)するDrip Naviについて、株式会社トライテック(以下、トライテック)と共にデザインに携わった株式会社ホロンクリエイト(以下、ホロンクリエイト)の髙橋克実さんにお話を伺いました。


高橋克実

髙橋 克実(たかはし かつみ)

株式会社ホロンクリエイト、ホロンズ株式会社 代表取締役
一般社団法人体験設計支援コンソーシアム 代表理事
一般社団法人日本人間工学会アーゴデザイン部会部会長
公益社団法人かながわデザイン機構 理事
1976年千葉大学工学部工業意匠学科卒業、独立系デザイン企業(現在のメンバーは17名)をスタートして40年。健康医療、情報機器、産業機器、生活用品など多岐にわたる設計・デザインを手掛け、これまで体験設計の実践のため、プロダクト、UIUX、WEBソリューションのPoC開発を含めた支援を行う。著書に「デザインと感性」「EXPERIENCE VISION」など。
現在は「体験設計」の提唱を中小企業の様々な業種の実ビジネスに生かすため、団体活動や教育現場、そして業務を通して啓蒙を行う。


リリース後が本当のスタート

Drip Naviは、クレンメ(鉗子)と呼ばれる流量を調整する部分(下図右)と、センシングによって速度をナビゲートするデバイス(下図左)から成り立つ点滴の監視器機。プロトタイプとしてリリースされて約5年、改善を重ねながら、これまで静岡県の補助金支援により完成したものを販売しています。

他の製品と大きく異なるのは、光の色で点滴の速度を確認できる点。看護師が病棟を回る際に、一部屋ずつ患者の枕元へ行って目視しなくても、病室の外から光を確認できます。赤は「早い」、青は「遅い」を示し、最もちょうどよい速度は緑色に光ります。

Drip Naviの開発は、トライテック社長の古谷さんが病院の看護環境を見た時に、多くの看護師業務の課題の中からに気づいたことでスタートしています。経験値に依存しない点滴の精度や効率の良い輸液管理が必要ではないか、と直観を抱いたそうです。

髙橋さん

“古谷さんは、看護師の作業をもう少し効率的に、かつ正確にできないか、という視点をもち、働く現場をとにかく観察したそうです。スタッフの方々と一緒に観察をして、現場の状況を把握したところで、「本当はこうだったらいいのではないか」とビジョンを立てたようです。まずは観察から入り、実行に移す。そして「本来はどうあるべきなのか」と問いを立てて考えるのです。そこから「こうゆう発想の道具があったら何かできるのではないか」と手段を考えます。口頭でシナリオを立てていただいたものを、私が図示しました。”

看護現場のシーンを中心に、ビジョンを起点として体験を設計することを「Scene Oriented」な体験設計と呼びます。ある環境下の決まった条件におけるモノづくり、またはビジネスの変革のための設計方法です。

体験設計レベル

着眼を0とした時、1から始まる開発は一朝一夕に完成されるものではありません。現代の新しい商品の多くは「リリースされてからがスタートライン」だと高橋さんは語ります。

髙橋さん

“昔は製品がメーカーから出ると完成品として扱われて、継続的な開発はなされませんでした。その後は次の商品を考えていました。しかし今求められているイノベーティブな製品は、最初にリリースした時が製品開発のスタートラインです。実際に、東京医科歯科大学の方々にプロトタイプの模型を見せた時は、困惑するくらいにご指摘をいただきました。十数名の看護師と看護学生に使ってもらって、「こんな面倒くさいことしなくても、私たちは時計があれば測れます」、「こんなモノ絶対に使わない」と言われてしまい、「こんなモノいらないのかな」と挫折感しかなかったです。”

衝撃的なスタートから完成形に近づくまで、どのように歩んできたのでしょう。

髙橋さん

“それぞれの医師や看護師、患者のもっている実際の要求を挙げました。ユーザーである看護師には、精度や効率、そして感覚的な要素がありました。実際に「クレンメ」という部分を回すと指でチューブを潰して輸液します。指の感覚に依存するのですが、それに近い感覚でないといけませんでした。どちらかと言うと、数字で入力するより、指で回す感覚でないと好まれなかったのです。”

20cm角ほどの輸液ポンプはとても重量がありますが、看護師はひとりで4つほど持って院内を歩いていました。重労働は明確な課題だったのです。

さらに、輸液業務の引き継ぎにもスムーズさを欠いていることがわかりました。

輸液した時間を口頭で伝え合う看護師たちは、輸液バックを取り替えるタイミングが正確には分からないそうです。

抗がん剤など、副作用の強い薬は皮下に入ってしまうと壊死する危険性があるため、医師の多くは、ポンプを使わない手法「自然滴下」を選びます。一方、看護師は自然滴下を精度が低い手法として好まない傾向がありました。ポンプと自然滴下、その両者の狭間で抗がん剤の打ち方が難しくなっていました。

関与者の複雑なニーズを整理し、本質的な欲求を解決するためのシナリオを煮詰め、髙橋さんと古谷社長は最終的に「Drip Naviとレシーバーの関係」という仕様を導きました。

看護師をペルソナとしたインタラクションシナリオ

はじめの一体型モデル(下図左)では、レシーバ―の向きが上に向いていることから、低身長の看護師から「見えない」と言われたそうです。

意見を反映した2番目の一体型モデル(下図右)は、操作部が曲がる仕様にしました。そして、感覚的にクレンメ(青い部分)を回すと、モニター上に緑色が出る仕組みになっています。赤い時は「早い」、青い時は「遅い」という指示を表しています。しかし、数十名の看護師に使ってもらったところ、全く受け入れられなかったそう。

ただ、看護師は「なぜ駄目なのか」しっかりとレポートに起こしてくださったのです。

プロトタイピングの過程

イノベーションにおけるブランディングの重要性

アイディアや考え方に対してプロトタイピングして証明と検証を実施する方法を「Proof of Concept(コンセプトの証明)」と呼ぶそうです。医療に限らず、近年はあらゆる分野で「POCを回していこう」という意識が高まっているのです。

しかし、既存とは異なるコンセプトや開発過程が受け入れられることは簡単ではありません。

医療の現場の人々と共創していくような考え方を持つためには、信頼を勝ち得るためのブランディングが必要。現場でプロトタイプを見せ、フィードバックを何度も繰り返す、そして、段々と商品にする過程でPOCを回す。一緒にプロトタイプに参画してもらうことで、機能的に改良されるだけではなく、浸透しやすくなって、受け入れてもらいやすくなるということです。

髙橋さん

“やはりイノベーティブな開発をされた製品はブランディングがとても重要です。世界観を一言で分かるようにしなければなりません。「こんなビジョンを成し遂げたい」という理想があった時に、今の点滴作業はナビゲートされていない、つまり無法図に行われていることを「コントロールできる世界をつくりたい」ということを世界感としてもつために言葉に表したネーミングは非常に大事です。名前からお医者様方も「それは何?」と問いかけてくださいます。しかもそれは「人がどう使うか」「どんなビジョンをもっているか」にいかに近づけるかなのです。この世界観づくりもデザイン思考です。ユーザーに渡した時に返ってくる言葉に素直に反応していく。これを繰り返していくことで歴史を積んでその本物になっていくのです。”

みんなが設計者(デザイナー)

日本ではこれまでインハウスデザイナーを中心に製品開発がなされていましたが、企業の人材や利益など限られたリソースで生み出せるものにはある程度の限界があります。製品開発にエンドユーザーやその人たちを取りまく様々な登場人物が関与する時、本当に欲しかったものが生み出されるのかもしれません。

髙橋さん

 “デザインのことを、私の講義では「設計」と呼んでいます。設計者と考えると、医師も看護師も設計者なのです。実現者かどうかは別ですが、設計の一部を担っている人たちなのです。チームを組んで創らないと、医療に適した道具はできないと思うのです。色々なタイプの設計者が集まって、体験を共有して、その体験から自分のもっているリソース(知見やノウハウ)を一緒に集めてひとつの体験をつくり上げるという作業をしていかないと、おそらく医療現場でも、医療の本当に臨むものはつくれないと思うのです。医師も、看護師も、取り巻く全ての関与者をデザイナーと捉えています。

「なぜあんな高い位置から作業するのか。やりにくそうだな…。」「なぜこんな重いものを毎回運ぶのだろう…。転んだら危ない。」

何気ないルーティンワークの中に、非効率な要素は意外と多く見つかるもの。医療現場であればなおさら、インシデントの元にも気が付くかも知れません。医療現場で働く人の声を反映したDrip Naviの開発は、輸液する医療者だけではなく、点滴を投与される患者や製造者にとっても、納得度の高いアウトプットを導き出しました。

最初から完璧なものを開発するより、「もっとこうした方が良いのでは…?」を議論し合える風土を創り出したことは成功要因のひとつではないでしょうか。そのためには、開発の過程でコンセプトや意義を理解してもらう必要があります。

課題を感じている人、経験値のある人、反対に何の先入観もない人も。ほとんどの人は、視点を持っている時点で「設計者」という立ち位置で関わってもらうことも手段のひとつかもしれません。

一緒に開発するほど、より多角的な視点が混ざった「良いモノ」が出来上がる。そんな共創の文化が、医療の分野でも促進されることを期待します。

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