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モノ2021.06.24

誰もがファッションを楽しめる世の中を。乾癬患者の悩みに寄り添う衣服開発のプロジェクトとは?

みなさんは、「乾癬(かんせん)」という皮膚の疾患を知っていますか?

「感染」と同じ響きをもつこの病気は、見た目に明らかな特徴が表れてしまうため、人によってはどこにいても・誰といても視線を感じてしまうそうです。

今回は、「本当は着てみたい服」を実現するインクルーシブデザイン『FACT FASHION』の挑戦について、ヤンセンファーマ株式会社の岸和田さん・土屋さんにお話を伺いました。


岸和田 直美(きしわだ なおみ)

ヤンセンファーマ株式会社 コミュニケーション&パブリックアフェアーズ リーダー ファーマシューティカルズ アジアパシフィック

土屋 美寿々(つちや みすず

ヤンセンファーマ株式会社 コミュニケーション&パブリックアフェアーズ マネージャー


乾癬(かんせん)

乾癬は、根治療法のない慢性の皮膚疾患で、皮膚が赤くなる「紅斑」や皮膚が盛り上がる「浸潤」、細かいかさぶたのようになる「鱗屑(りんせつ)」、ふけのように皮膚がポロポロと剥がれ落ちる「落屑(らくせつ)」などが特徴の症状。関節が腫れたり、痛みが出たりすることもある。日本では、約50~60万人の患者がいる。遺伝や生活習慣など、さまざまな原因により発症する。

出典:株式会社ヤンセンファーマ プレスリリース

ヤンセンファーマは2018年にアートを使った乾癬の疾患啓発を実施。予想以上に情報が拡散し反響を呼びました。「周囲の疾患認知を高めること」、そして「認知によって患者さんの精神的な負荷を軽くすること」の2つの学びを軸に、患者さんの悩みに貢献できるアプローチを模索すべく、新たな一歩を踏み出しました。

2020年7月、乾癬患者さん500名を対象に実施した「乾癬患者の生活課題に関する実態調査」では、患者さんの半数以上(57.6%)が「症状による日常生活への影響で精神的な悩み」を抱えており、特に「衣服」に関して約7割(69.0%)がストレスを訴え、「衣」「食」「住」の生活課題の中で最も高い割合(「食」食事制限:14.4%、「住」鱗屑による掃除や症状による家事制限:54.6%)であることが分かりました。(出典;株式会社ヤンセンファーマ プレスリリース)

2つの乾癬患者団体「一般社団法人 INSPIRE JAPAN WPD 乾癬啓発普及協会」、「NPO法人 東京乾癬の会 P-PAT」とアライメントを組んだヤンセンファーマ。しかし、患者さんも含め、製薬会社にファッション業界との接点はありませんでした。

そこで、ヤンセンファーマは企画ディレクションを、衣類のデザインは専門会社、実際の販売はサザビーリーグループの株式会社 MAISON SPECIAL(メゾンスペシャル)、そしてアドバイスは皮膚科専門医の先生にそれぞれ協力して頂きました。

これが、『FACT FASHION』の始まりです。

FACT FASHION

FACT FASHIONは、様々な理由でファッションを楽しめなかった人たちの事実に基づき、新しい衣服をつくるプロジェクト。乾癬患者さんの心と身体の悩みを軽減すると同時に、衣服をきっかけに乾癬に対する理解や誤解の解消を促進することが目的。

提供;ヤンセンファーマ株式会社

岸和田さん

“今回の企画で最も面白かったポイントは、おそらく洋服に社会性を持たせたことではないでしょうか。洋服はファッション性、機能性、そして価格と見合った価値、またエシカルの要素が求められていました。「患者さんの悩みを軽減する」という社会的な観点は新しい着眼点だったと思います。同時に、単に患者さんのニーズに応えるだけではなく、患者さん以外の方が着ても成立するというファッション性も整合を取ることが難しかったポイントでした。”

患者さんへのヒアリングを重ねるごとに、個々に異なる複雑なニーズが見えてきました。

岸和田さん

“ある患者さんは黒い服が着たいけれども、どうしても鱗屑が落ちてしまうため着ずらいそうです。黒は「憧れの色」という方もいれば、反対に白であれば鱗屑は目立たないけれども掻いた時に血が滲んでしまうから着られないという意見がありました。黒も白も患者さんによっては駄目でした。また、夏になると半袖を着たいけれども、疾患部位を露出してしまうから着られない。ニットの素材はチクチクしてしまうので着たくても着られないなど、洋服に対してこんなに悩みがあるのか、と。「ファッションを楽しむ」という感覚を持てない患者さんが非常に多くいらっしゃり、「洋服は疾患を隠すもの」という位置づけだったのです。

土屋さん

“ちなみに、今日私が着ているのはFACT FASHIONの洋服です。(笑)実際に着てみても、やはり普通の服と何ら変わりません。乾癬患者さんの声を基に作っており、布地も心地よいです。また、関節炎などでボタンが外しづらい方のために若干ボタンホールが大きくできています。機能性とファッション性の担保は難しさもありましたが、FACT FASHION疾患のない人が着ても遜色のない服ができたと思っています。

岸和田さん

“ある患者さんは、実際に衣服が出来上がった時に「自分たちの声をベースにモノづくりをしてもらえて嬉しかった」と言ってくださりました。ご自身でも患者会の会員さんへFACT FASHIONを宣伝するための動画を作られたそうです。動画制作などに長けているわけではなく、想いを伝えたい一心で、初めて動画づくりに挑戦しました。このプロジェクトは一般の人に乾癬を知ってもらうためのきっかけではあるのですが、患者さんの悩みに答える時、患者ご自身も活動を前向きに取ってくださったのは非常に嬉しいお話でした。また、これをきっかけに「実は自分も乾癬です。」と言って患者会へ入ってくださった方もいらっしゃいました。患者さん同士のネットワークを繋げるきっかけになったのです。目には見えづらい効果が少しづつ広がっていきました。

アパレル開発を担ってくださった大仲さんは、これまでのモノづくりはみんなに好みを持ってもらえるか否かが発想の軸にあったが、今回のプロジェクトは限られたニーズに対してソリューションをファッションで叶えていく、従来と真逆の発想にあると指摘。ニーズが個別化・多様化していく世の中においては、人に寄り添ったモノづくりのアプローチが必要になるのではないか、と話します。

大仲さんはこれからのモノづくりについて言及された。

社会的インパクトを起こした事例として今回のプロジェクトを振り返った時、その成功要因は一体何だったのでしょうか。お二人に聞いてみました。

岸和田さん

“結局、製薬会社は創薬をする会社ではありますが、患者さんのQOL(生活の質)にいかに貢献していくのかがミッションだと思うのです。薬はもちろんひとつの選択肢ではありますが、それだけではないことを実感できます。製薬会社ができることはまだまだ沢山あるのだ、と気づけたことが大きなラーニングです。また、最初から「面白いことがやりたい」とか「人と違ったことがやりたい」という角度でファッションに行きついたわけではなく、患者さんの悩みをどのように解決していけるかを突き詰めた結果、それがファッションでした。そしてその時、ヤンセンファーマだけで取り組もうとしても実現することはできません。自分達にはない専門性をもつパートナーを探す必要があり、ファッション業界にも様々な企業さんがあるなかで、私たちが課題をもつところに同じ共感を持って頂いた会社さんがサポートをしてくださいました。目的と、それに共感したパートナーさんがいて初めて実現できることだと思います。今回はそれがイノベーション成功の要だったのではないでしょうか。”

土屋さん

“今回のようなケースでは互いがプロフェッショナルとして尊重していました。だからこそ建設的な議論が発展し、大目標である「病を癒す」を突き詰められたと感じます。各関係者の方々の強みが最大限に発揮されました。そういった環境があったからイノベーティブな挑戦ができたのではないでしょうか。とくに、私たちが作りたい服をつくるのではなく、患者さんが必要としているものをどう形に落としこめるか、といった部分の議論が沢山ありました。皆さん仕事だからやるのではなく、心から「こうしたい」と思いながらプロジェクトに関わっている方が非常に多かったので、結果としても良いモノを生み出す原動力になったのではないでしょうか。”

最後に、プロジェクトの今後の展望について伺ってみました。

岸和田さ

“実は最初に患者さんの声を聴いた時、ニーズがあったのは下着でした。直接肌に触れる製品がチクチクするなど、デリケートな悩みが多くありました。一方で、患者さんの意見を掘り下げた時に身体的な悩みより精神的な悩み、つまり「ファッションを楽しめない」ことの方が大きい傾向がありました。2020年の活動は「ファッションを楽しんで頂くこと」をより重視して、アウターに注力していたのです。そういった観点では、身体的な悩みはもう少し改善できる余地があると思います。あるいは引き続きアウターに向き合い、ファッション性に関するより広いニーズも拾えるのではないかと思います。患者さんと対話をしながら、今後の進め方を検討したいと思います。また、乾癬の患者さんだけではなく、アトピー性皮膚炎も含め皮膚のトラブルを抱える人みんなにメリットが行き届くような展開を望んでいます。

FACT FASHIONは患者さんにとっての衣服の「意味」を変え、ファッションの「価値」を変えました。

「本当はこんな服が着てみたい」「本当はこんな場所に行ってみたい」…。今回のケースのように、諦めや我慢、心理的ストレスを抱えて生きる患者さんは少なくないのかも知れません。

これまで見過ごされてきたマイノリティの生活体験を改善するデザインに、期待が高まります。

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