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モノ2023.05.11

mctデザイン思考事例 vol.01 検査体験をリフレーミングするユーザータイプを意識し、技師と患者のゴールをつなげる包括的なヘルスケア・デザイン

GEヘルスケアのデザイナーであるDoug Dietzは、自身がデザインしたMRIの検査を前に怯える少女を見かけ、MR室が子供にとっていかに恐ろしい存在であるかを知りショックを受けました。彼は人間中心設計の手法を自分の仕事に応用することで、子どもたちのためによりよい解決策を見いだせると信じ、それを実現しようと決心したのです。

不安を解消するためのアイディアはいたってシンプルで、MRI体験を検査ではなくアドベンチャーのような環境に変えてしまうというものでした。この新しい体験は「アドベンチャーシリーズ」と呼ばれ、アロマセラピー、子供達が好む飾り付け、子供たちが視覚的に体感することのできる様々なアドベンチャーシナリオが用意されたのです。シナリオの中には検査を正しく行うためのトリックが仕掛けてあり、例えば、子供たちがカヌーに乗っている設定で、「カヌーが揺れないようにじっとしていよう。」という指示が出され、目の前には魚たちがジャンプしていく光景が現れ、気がつくとあっという間に検査を安全に終えられる、という仕組みでした。

このアイディアは子供達だけではなくその親たちにも大好評で、結果として怖がる子供達をじっとさせるのにかかっていた時間の分だけ検査時間が短縮され、より多くの患者が素早く検査を受けられるようになりました。また、嫌がる子供の検査に手を焼いていた技師たちも、子供たちと一緒にアドベンチャーを楽しむことができるようになったのです。それまでは、単なる検査をするための機械であったMRIを、「ユーザー体験」をもたらす装置としてリフレーミングしたことで、このようなイノベーションが生まれました。1)参照

1.医療従事者と患者、双方の体験を理解する

医療分野におけるデザイン思考とは、患者さんだけではなく医療従事者も中心に捉え、実際の状況やニーズを見極めて、医療という体験全体について最良のソリューションを提案していくアプローチです。医療従事者の感情は時に、患者さんの感情や満足度に影響を与えます。例えば、IDEOがカスタマーエクスペリエンスで世界的に有名なMayo Clinicのために行ったリサーチでは、「患者が最も不安を感じるのは、スタッフがシフト交代する瞬間である」という報告がありました。患者は医療現場において常に安心のための「手がかり」を探しており、スタッフの微妙な感情の揺れに影響を受けてしまうためです。医療を提供する側と患者さんが同じゴールに向かって、エモーショナルカーブ (※1)を重ね合わせることができるようなデザインが求められているのかもしれません。

この事例を参考にして日本の検査機器メーカーは、高齢患者さんの検査体験を改善するために、技師と患者さん双方の体験を、デザイン思考を用いてリフレーム(※2)することにしました。機器そのものを改善するだけではなく、検査/人/環境という3つの側面で体験を捉え、患者と医療従事者の体験を深く理解することに重点を置いたチームは、まずは現場を理解するために3つのステップで包括的にアプローチすることにしました。

① 利用実態の観察

検査の受付から検査が終了するまでのインタラクションを観察し、高齢の患者さん・技師の障壁やハードルを把握することにしました。

② 患者に対するデプスインタビュー(※3)

時間軸に沿って検査の体験を思い出してもらい、身体的な顕在ニーズの把握だけではなく体験前から体験後までの感情の変化や検査に対する意識・感情を深掘りしました。

③ 技師インタビュー

検査を実施する中で、技師が感じている問題・懸念を時間軸に沿って洗い出しました。技師についても患者さんと同様に、検査に対する意識・感情を深掘りし、患者さんの意識・感情とのギャップを探りました。

2.患者と技師をつなぐ機器デザインと環境づくり

調査の結果から、「3つの患者タイプ」を洗い出し、それぞれのニーズに応えるデザインコンセプトを導き出しました。

いくつかの患者タイプの中から、「不安を解消したい」ペルソナ (※4)、「検査に協力したい」ペルソナにフォーカスし、それぞれの課題を技師のインサイトと重ね合わせた結果、技師が患者さんを安心させるために多くの時間を費やし、技師自身も不安を感じている結果、感情における負のスパイラルが生じていることがわかりました。技師は患者さんがどのタイミングで不安を感じているのかを具体的に把握できておらず、一方の患者さんは検査が成功するために協力したいという気持ちで努力しているにも関わらず、技師側は気づいていないことがわかりました。

デザインを検討するにあたり双方のニーズを汲み取った結果、検査体験のコアバリュー (※5)として「技師と患者さんをつなぐMR体験」というコンセプトを開発することになりました。検査をもっと良いものにしたいという患者さんと技師の想いが共通していることに着目し、双方のコミュニケーションをサポートし、確実・快適・安全な検査を実現できる環境づくりを目指した結果、達成感を感じてもらえるような体験改善を目指したのです。

また、機器そのもののデザインだけではなく、検査を受ける前から受けた後までの一連の患者さんの体験全体を理解したことで、音響や視覚的な要素に配慮した安心感を与えるエレメントが適切にコーディネートされた環境を提供することができました。

≪注

※1 エモーショナルカーブ:ユーザーの感情の起伏を表す曲線。ユーザーがどのようなタッチポイントで「嬉しい」「悲しい」「イライラする」などの気持ちになるかをビジュアル化することで、デザインの指標とする。

※2 リフレーミング:既存の枠組みではなく「相手の立場に立つ」「相手を理解する」「相手に共感する」といったアプローチから始まる心理学を用いたフレームのこと。

※3 デプスインタビュー:本人が自覚していることだけでなく、潜在的、無意識に隠れている意識まで深掘りするインタビュー手法。

※4 ペルソナ:サービスや商品を利用するユーザーを表現するために作成する架空の人物像のこと。「ユーザーはどのようなサービス・商品が欲しいと思っているのか」「どのようなことに不満を抱えているのか」を1枚のシートで具体的に記載する。

※5 コアバリュー:企業がユーザーに感じてもらいたいと思う中核となる価値観。

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