2020年、テレビやインターネットなどメディアで最も目にした光景は、重装備の医療従事者がCOVID-19に感染した患者を治療する姿かもしれません。
ひっ迫する現場。人員不足が常態化し、マスクで覆われた医療者の表情は疲弊していました。
世界中が医療者の働き方に注目する今こそ、医療サービスの在り方を考える転換期なのではないでしょうか。
今回は、一般社団法人日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会(PX研究会)の代表理事を務める曽我香織さんと共に、eXperience(経験価値)の切り口を通して、患者と医療者の関係性について考えたいと思います。
曽我 香織(そが かおり)
株式会社スーペリア代表取締役社長
日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会代表理事
外資系コンサルティング会社で業務改善のコンサルティング、システム開発プロジェクトの開発チームマネジメントを担当。2010年よりコーチ・エィにて医療・介護事業の営業マネージャー、コーチを経て、2015 年にスーペリアを創業。2018年に日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会設立。
共著に『医療コーチングワークブック 対話的コミュニケーションのプラットフォーム』日本摂食嚥下リハビリテーション学会教育委員会 編集 / 出江紳一 著 ・安藤 潔 著・ 曽我香織 著
PXとはなにか
PXとは、Patient eXperienceの略で、日本語では「患者経験価値」と訳されます。PXは「患者が医療サービスを受ける過程で経験する全ての事象」と定義されます。
患者満足度(PS)調査では、退院する時に入院全体を振り結果としてどう感じたのか、主観的な部分を評価していました。それに対してPXは、患者がいつ、どこで、どんな経験をしているのか、そして経験していることはその患者にとって最適なのかをプロセスごとに検証し、最適化していくことを重視します。
(一般社団法人 日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会「患者視点から医療サービスを考える」)
米国では約8割の病院がPXの尺度を使い病院ごとのPXレベルを可視化し、医療サービスの改善に取り組んでいます。
PX向上によって、職員満足度(ES)や職員の定着率の向上、さらに、患者の平均在院日数の短縮や医療の質が向上するなど、病院経営に良い影響が期待できます。
待ち時間の長さや医療スタッフとのコミュニケーションに疑問を感じる人が多い一方で、病院にとっても、患者の主観に左右される満足度評価では、患者や家族の声をフィードバックとして咀嚼し、具体的な改善の施策へ落としこむことができないジレンマがあったのです。
2016年に有志の医療従事者の方と共に立ち上げた非営利団体、PX研究会では、PX尺度の開発や学会発表、PXE養成講座の実施など、患者中心の医療サービスの普及と振興に関する活動を行っています。
今では会員数が約200 名に上るPX研究会ですが、その歩みは小さな一歩からでした。
曽我さん
“もともと医療機関向けにコーチングを導入するチームのマネージャーをしておりました。その時に、「コーチングの何を成果指標とするのか」がテーマにありました。「職員満足なくして患者満足なし」といった言葉が日本の病院でも当たり前になっているものの、なかなか職員満足や患者満足でベストプラクティスを生んだ病院はありませんでした。 そんな中、アメリカの病院のホームページを覗いてみたところ、ペイシェント・エクスペリエンスという言葉がありました。
PXが日本の病院でもフィットするのか分からなかったので、それを検証する上でも「PX研究会」という名称を付けました。サーベイ(調査)に取り組んだ背景は、そもそもPXに取り組むのであれば、どのようにPXを測るのかというメジャーメントが必要でした。最初は誰がPXに興味があるのか、PXをご存知かどうか分か らないので、色々な医療機関に「PX研究会に参加しませんか」というFAXをお送りしていました。FAXは残念ながら成果なしだったのですが、知り合いの医療関係者が一人、二人と参加してくれました。さらに仲間を紹介し呼んでくださるようになって、次第に参加者が増えていきました。”
できない理由よりできる理由を
PXを高めるためには、可視化、改善、そして構造改革の3つのステップがあると考えられています。日本では、まだPXサーベイが普及し始めた段階、つまり可視化に留まっている印象です。
曽我さん
“PXと聞くと「サーベイをやらなければいけない」と感じる、いわば「サーベイ・オリエンテッド(調査第一主義)」な捉え方は違うと思っています。サーベイを導入することはいいのですが、それだけがPXではないですし、それがPXを導入していることでもありません。また、トップダウンでPX推進の部門をつくることは海外でも重要視されているのですが、それがないと必ずしもPXでないということではありません。組織体制を免罪符にはしたくないと思っています。
PXというのは意識の問題でもあります。「日本は皆保険制度だからインセンティブがない」とか「沢山の患者さんを診なければいけないから忙しい」といった外部要因を議論するよりも、現状の中でできることを見つめて実践していくことがPXを高めることにつながります。”
患者のニーズを引き出し、ゴールに沿った医療サービスを提供することこそ、PX・EXを本質的に捉えることに繋がるのかもしれません。
2月5日に全面オンラインで開催された第3回PXフォーラムでも、気づいた人から一歩を踏み出すことの重要性を訴求した曽我さん。時間やお金がなければできないことでは決してないとのメッセージに、多くの医療従事者の方が共感していました。
前半部では、PXの定義や研究会の活動に触れ、実践への問題提起をしました。後半部では、第3回PXフォーラムで招待講演をされたケアリング・アクセントの近本洋介先生のレポートから患者と医療者の関係性について考えていきたいと思います。