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コト2023.04.20

佐倉旬(漫画家) × 岡江晃児(MSW) 対談病気が傷つけるのは「肉体」だけじゃない ― 医療ソーシャルワーカーを描く漫画家・佐倉旬が見た世界

「医療と福祉」― この2つは切り離すことのできない、隣接したテーマです。病院は治療を目的とした施設ですが、そこに訪れる患者さんとご家族は、病気以外にも複合的な問題を抱えていることが決して少なくありません。脳卒中、アルコール依存症、がんと生活保護、潰瘍性大腸炎、乳がん、ヤングケアラー、認知症と介護、ゴミ屋敷、ホームレスetc… 様々な事情が、入院をきっかけに“偶然に”浮き彫りになるケースすらあります。医療ソーシャルワーカー (以下、MSW)は、こうした複雑な背景をもつ人々を対象に、社会福祉の観点から全人的に支援を行う専門職。

佐倉旬さんは、漫画『ビターエンドロール』(講談社)を通じて、現代の日本を生きるMSWの姿をリアルに描きます。HCD-HUBでは3巻(最終巻)発刊を記念して、現役のMSW岡江晃児さんと佐倉さんとの対談を企画。“理想の病院づくり”のヒントを探るべく、お2人の対話から本質的なケアのあり方を考えていきます。

岡江 まずは3巻の出版、おめでとうございます。素敵な漫画を世の中に出して頂いたな、と思いました。無事に『ビターエンドロール』を描き終わって、今どんな気持ちですか?

佐倉 そうですね。3巻まで形にできて安心する気持ちと、もう少し描きたかったという気持ちが両方あるのが正直な気持ちです。

岡江 1巻から3巻までを通じて、ご自身の中でMSWについて変化はありましたか?最初のイメージから変わっていった部分など。

佐倉 社会福祉科の学生さん向けの授業で『ビターエンドロール』を使った教育者の方から、「原点に戻ることができる」というコメントを頂きました。「人を助けてあげるという視点ではなく、寄り添う仕事だということを、この漫画を通じて分かってほしい」と言ってもらえました。確かに、最初に私がMSWについて調べ始めた時は、人のことを助けてくれる仕事だという認識で入りましたが、調べれば調べるほど、「助けてあげる」という視点はMSWとしては向いていないと言いましょうか、行うべきはあくまで後押しであって、「(上から)助けてあげるよ」といった姿勢はソーシャルワークではないのかもしれないという想いが、1巻から描いているうちに徐々に強くなりましたね。

岡江 どうしてもMSWの対象は、病気や障害など、生活の中に何かしらの生きづらさを抱えている人へ支援をしていくのがスタートなので、「何とかしてあげたい」と思いやすい傾向にあります。しかし本当の支援は、MSWが持ってくるというよりは、患者さんがどうなっていきたいかであり、患者さんの夢や希望や目標に合わせてMSWがサポートするということです。そういった変化が、僕自身もこの漫画を通じて出てきました。それこそ2巻に登場する乳がんの患者さんの心は揺れ動いていますが、結論ではなく、悩んでいるプロセスに寄り添うストーリーが僕にはとても印象に残っていました。

佐倉 乳がんのエピソードについては、この『ビターエンドロール』のビターの部分でもあると思うのですが、結局は病気になった現実は100%なくなるわけではないので、辛い状態の人をどうにかふっと浮上させるために何かできるのか、という話になると思います。MSWがいても、医師がいても、病気が全快してハッピーになるとは、現実ではどうしてもなりません。それでも、少しだけ人生の見方や立ち向かい方を変えるということを、一緒にやってくれる職業なのではないかと思います。本人が立ち止まりたい時に一緒に立ち止まってくれるというのが大事かな、と思い、乳がんのエピソードはあのようなストーリーになりました。

岡江 基本的に病院は病気を治すところですよね。治す・治ることをゴールとすれば、治せない・治らないことが当然あります。結果だけ見れば、患者さんも医療者も凄く辛いです。しかし病気や障害を抱えても、「その人らしさとは何だろう」といったことをゴールと据えることが、福祉の視点では叶います。患者さんの生き方や価値観によって「その人らしさ」は異なります。患者さんの今までの生き方や価値観から出る気持ちを聞いた上で、医療者が患者さんに合わせていく必要があります。「治せる望みが薄くても最後まであきらめない」という気持ちも大事ですし、一方で、「ここで治療を止めても良い」という気持ちも、一緒に立ち止まって考えることをMSWは行います。そのような部分も漫画で描いてくれて感謝しています。

佐倉 ありがとうございます!

岡江 医療現場では、患者さんの幸せを願って様々な職種が治療やケアを行っていますが、その医療やケアが必ずしも患者さんの幸せかというと、そうではないことが実は多々あります。そこが支援の難しさかな、と思います。その難しさを漫画で描く時に、悩んだりはしなかったのですか?

佐倉 それこそ「何がその人の幸せなのか」を考えるということになりますね。『漫画』ってそのキャラクターがどうなったら幸せなのか・不幸なのかを考える作業のため、違和感はなかったかもしれないと思いました。キャラクターに焦点が当たるので、そういった意味では、MSWもクライアントである患者さんやご家族に焦点を当てる近い視点だと感じました。MSWがその患者さんが欲しい言葉をくれるストーリー展開になっています。そうすると、患者さんが欲しい言葉を私が考えないといけないので、一旦患者さんの立場になって、「なんて声をかけて欲しいのか」や、MSWが使用するジェノグラム(家族図)や患者さんが生まれた年代を想像してみました。しかしそれは、MSWが実際に行っていることです。「その患者さんが若い頃にどんなお仕事をしていたのか?」や「今は一人暮らしなのか?」や「結婚しているのか?」といった情報を知って、「じゃあこの人はこんな風に考えるだろうな」と想像したりします。監修のMSWの先生方にも沢山アドバイスを頂いています。

ジェノグラム (家族図)

しかし、これについては思うことがあります。悩んでいる人や困っている人で、自分の気持ちを明瞭に言語化できる人はあまりいないのではないか、と。MSWの専門性というのは、漠然と困っていて袋小路になってしまった人に対して、どういったコミュニケーションをとっていけば本人も気がついていない気持ちに寄り添えるか、といった部分に力量が試されるというか、テクニック(=コミュニケーションスキル)としてあるのではないかな、と思っています。

岡江 MSWの専門性とは何かというと、目に見えていない部分を見えるようにこちらが見て、例えば患者さんが言葉で表面的には「大丈夫です」と言っていても、言葉では見えない想いとか、それに至った経緯にMSWがスポットを当てて、非言語的な部分や空間を見ることだと思うのです。目に見える部分と見えていない部分を両方見るからこそ、MSWが「この人が本当は何に困っていて、どうしていきたいのか」と、見えるかたちを一緒に作っていくことができるのです。

またMSWは、目の前でクライアントに起きていることは、「社会のひずみの結果」という捉え方をします。社会の構造の上で困っている・苦しんでいる・生きづらさを感じている人がいるとなれば、どういう社会の問題があって、目の前のクライアントがその問題にどう困っているのか、と想像するのがMSWの視点に他なりません。社会構造は複雑で見えにくいです。そこをキャラクターが意識しているところを漫画に描いてくださっています。現場のMSWとしては「それ、それ!」と共感します。

佐倉 難病、ヤングケアラー、ゴミ屋敷、そして認知症など様々な背景をもつキャラクターをそれぞれ描きました。難病の回では体調によって就職活動が難しくなってしまうとか、上司に就職する時に病気を打ち明けるか否かの問題が出てきました。ヤングケアラーの回は最初は認知症のおばあちゃんが骨折で病院にやってきて対応しますが、一方で実はおばあちゃんの面倒を見ているのがヤングケアラーのお孫さんだと発覚します。小さな家庭の中で今の社会の問題がぎゅっと凝縮されたようになっている。そこを切り開いて光を当てられるのは、ソーシャルワークだと思います。そういう時はより一層ソーシャルワーク、MSWを題材に選んで良かった、と思います。病院の外と病院をつなげられるのです。

岡江 病院にいると、患者さんが抱えている問題は、患者さん各個人で違うので「点」の視点で支援します。一方、病気や生活問題の要因は、個人の問題だけではなく社会の構造の問題であることも捉える「面」の視点も同時に支援する上で重要です。社会の構造の中には患者さん以外にも困っている人が沢山いると思うのです。仕組みや文化を変化させていくこともMSWの仕事だと思います。

佐倉 MSWの題材として選んだ時に、病院を中心としながら病院の外にも出ていけるというのが、お話を作るうえで魅力的だと思いました。また、MSWが、医師だけでなく看護師や言語聴覚士や理学療法士、栄養士等、様々な職種と連携をしながら病院の中で凄く色々な方と仕事をしていることも良いな、と思っていました。3巻で理学療法士(PT)が登場するのですが、そういった院内の他の職種の方々へももっとスポットを当てられたら良かったと感じています。

岡江 一般の人が生活で何か困っている時に、MSWに繋がって欲しい。けれども「専門書を読んでください」と言われても誰も読みません。漫画の良さというのは、子供でも入りやすいことだと思います。先ほど佐倉さんは、患者さんを軸にMSWがいかに関わっていくか、そしてその関わりを広げて、MSWだけが患者さんの悩みを解決するのではなく、それを他の職種につなぐ。つなぐ先には病院の中もあれば、地域の様々な支援をする沢山の人々であると話していました。その「つなぐ」がMSWの役割であることが、漫画だと凄く伝わりやすいと思いました。なかなかMSWが社会に知られていない現実があります。実際に僕も仕事をしている中で、出会ったら支援がつながって「相談して良かった」「関わってくれてありがとう」と言われますが、補足的に「もう少し早くMSWの方と出会えばこんなに悩むことはなかった」と何度か患者さんから言われてきました。怪我をすれば医師のもとへ行きますが、生活面、例えば病院に行く前にお金がなく、しかし誰に相談して良いかも分からずに悩んで辛い想いをする人もいます。そういった人にとっては、もう少し早くMSWの存在を知っていれば、患者さんやご家族だけで悩みを抱え込む日々から抜け出せる一歩になるかと思います。読者の方にはMSWの存在も知ってもらいたいのですがそれだけでなく、やはり佐倉さんの軸である、病気を抱えた患者さんの気持ちがどんな状況なのかを、支援者だけではなく患者さん自身にも共感してもらえる、支えになる漫画なのではないでしょうか。漫画だからこそ、伝わる力があると思います。

佐倉 漫画がMSWの仕事や存在を知ってもらうツールになれば嬉しいです。そして「困っている時にはこういった仕事の人がいてくれる」と頭の片隅においてもらえれば……。それに、漫画を描くためソーシャルワークの教材なども読んだのですが、その中には人生の悩みにも答えてくれるような話が基本理念の部分にありました。人を尊重してくれる部分、例えば「本人のことはあくまで本人が決めなくてはいけない」といった人権の基本的な部分など、これは一般の方々にとっても改めて大切なことではないか、と。職業だけでなく、ソーシャルワークのこういった考え方(理念)をもっと知って欲しいな、とも思いました。

岡江 文化的な背景として、日本人は自分の悩みや弱さをオープンにしない傾向があるではないでしょうか。特に男性は「自分の弱さを見せたら恥」という気持ちがあったりします。悩みを伝えることの意義や、その中でその人らしさをしっかり大切にしながら支援するのがMSWの仕事ですが、それはMSWだけの仕事ではないですものね。色々な社会の中でその人がその人らしく在れることを尊重し合う社会というのが、ある意味「理想の社会」だと思います。MSWはそれが基盤ですが、おそらく医師でも看護師でも、医療職種以外の社会のあらゆる人々も「その人らしさとは何でしょう?」と、考えて尊重する社会が大事です。医療の現場ではありますが、医療以外の現場にも伝わる漫画かもしれませんね。大事なことを伝えている気がします。

佐倉 「その人らしさとは何でしょう?」を尊重する社会が大事ということを、MSWはいつでも最初の前提として置いてくれますね。本当にその考え方がソーシャルワークにとって基本かつ大切なのだと分かります。身体の話だけでなく、人の悩みにどうやって寄り添っていくかの姿勢を描いた漫画になったのかもしれません。漫画を描くにあたって勉強したことは、自分が悩んだ時も一旦立ち止まって自分を客観視する時に使えると思いました。

岡江 悩んだことを言える社会になると良いと思います。人はなかなか悩みを言わないですからね。“家族だから言える”ことも、“家族だから言えない”こともあります。そんな時に代わりに悩みを聞く職業がMSWなのかもしれませんね。

佐倉 病院に第三者の立ち位置で俯瞰して見てくれる方がいるというのは、本人に余裕がない時は特に、自分でも分からない自分や家族のことを調整してくれるため、凄く心強いことだと思います。

岡江 MSWは制度や地域の資源と当事者をつなげるのですが、つなげなくても、クライアントが言いたいことを言ってもらって話を聞くだけで、患者さんは自分の中で整理しています。そういう役割が病院の中にいるだけでも、MSWは重要なのではないか、と思います。具体的に何かを提案しているわけでは全くないのですが。(笑) (当事者が頭の中で整理した)その悩みの中にできないことがあった時、MSWが「地域に~な制度・サービスがありますよ」と提案し解決する仕事なのではないかな、と思います。

佐倉 最初にこの漫画を描く時に、監修の方に「MSWは医師ではない点が重要である」と言われました。医師からインフォームドコンセントをされた時に、「質問はありますか?」と聞かれる。けれども、「何がどう分からないのか分からないから(医師に)聞けない」といった状況になるそうです。そんな時にも、横にMSWが座って一緒にインフォームドコンセントを受けたり、「医師に聞きづらかったけれど、これが聞きたかった」という内容を「それではもう一度確認してみます」と言って、再度伝え直してくれたりする、いわば伴走してくれる感じがありました。病院は病気を治す医師が注目されることが多いですが、リハビリしている時に療法士さんに本音をこぼす患者さんも沢山いる、という話も聞きました。そうであれば、病院で働く全員が患者さんに関わって作用し合っているのだな、と思います。MSWは本当に大事な立ち位置の一つを占めていると思います。

岡江 嬉しいですね。(笑) 本当にそうです。結局、MSWが悩みや相談を聞いてくれる存在と認識して悩みを自分から言える人はまだ良いのですが、中には存在を分かったとしても、タイミングや何らかの理由から、自分の想いを今のMSWとの関係では伝えづらいという人もいます。そういう時は医療の中だけでは限界があり、医療以外のところとつながることも重要だと考えています。その中のひとつが今回のような漫画です。「MSWのことを知ってください」と言っても伝わらない。けれども漫画であれば伝わるのです。「×漫画」で届くのです。社会に知ってもらうために「かけ合わせて届ける」という発想が大事なのだと思います。中学生や高校生に、漫画を通じるからこそ知りえる可能性があります。いかに異業種と病院づくりを発想するかが大事なのかと思います。

佐倉 きっかけや仕組みを作るのは有効だと思います。そのきっかけを一つ作れたと思えると、私も嬉しいです。

岡江 それは間違いありません。実際に佐倉さんの漫画をきっかけに広がっていきました。社会に知ってもらうために「かけ合わせて届ける」という発想は、“理想の病院づくり”の答えかもしれません。MSWは、声を出せない多くの人々のアドボカシー(代弁の役割)を持っています。患者さん自身は自分を変えていこうとすることが難しいため、そこにMSWが一緒に想いを代弁し、一緒に社会に訴えていくことが大きな役割です。そこには、MSWと患者さんとの関係性だけではなく、もう一つの媒介する仕掛けが必要だと思います。私の実践でいうと、前職場で「がん川柳」を企画しましたが、川柳を通じて想いを表出し、社会に共感を募りました。ITやデザイン、アート等の手段を通じて、患者さんの想いを社会に表出していくことで、社会をより豊かにしていくこと、つまり、患者さんが伝えづらいことを、伝えやすい手段を通して発信することが、より良い社会づくりにつながるということです。「癌が辛くなったら言いましょう」を言われても簡単に言わないですし。「生活習慣を直しましょう」と言われても、なかなか行動まで変化は難しいです。そこに媒介するものが必要なのでしょうね。媒介は医療という枠組みだけでは難しく、意外と生活の中に溶けこんだ物の方が、表出するきっかけになるのではないかな、と思います。その点でいうと、生活の中に溶け込んでいる「漫画」はその一つだと思います。

佐倉 そう言って頂けると、異業種だけれども飛び込んで良かった、と励みになります。

左:岡江さん  右:佐倉さん

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