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HOME > MAGAZINE > Interview > 「患者の不安や緊張を和らげる術前室と手術室のデザイン」
コト2020.09.03

クレムソン大学 デボラ・ウィングラー氏、ワシントン大学 リン・マーティン氏、クレムソン大学 アンジャリ・ジョセフ氏「患者の不安や緊張を和らげる術前室と手術室のデザイン」

手術に関わる医療提供者にとって、手術前後の患者とどう向き合うかは大きな課題です。患者の不安や緊張を少しでも緩め、スムーズに手術を遂行するには、術前・術後の時間をどう使うべきなのか。患者が子供の場合はなおさらでしょう。

「The Impact of Using an Induction Room or Operating Room on Child and Parent Anxiety(子供と親の不安に影響する、術前室あるいは手術室の利用)」というセッションは、術前室と手術室をどう使い分けるか、術前室をどうデザインするかによって不安や緊張を和らげられる可能性を議論するものです。クレムソン大学建築学部の研究助教授のデボラ・ウィングラー氏、ワシントン大学医学部教授のリン・マーティン氏、クレムソン大学建築学部教授のアンジャリ・ジョセフ氏の3人が登壇しました。

手術に関わる関係者の間では、術前室はよく話題に上るのだそうです。実は、術前の不安はただの感情ではなくホルモンも関係し、それがひいてはメタボリズムや免疫にも関わってきます。そのため、不安によって術後の回復が左右されることもあるといいます。

このリサーチでは、子供の緊急処置において、麻酔を親が立ち会う中で術前室にて行う場合と手術室で行う場合の比較と、術前室内の要素を変えることで不安度がどう変化するかなどが測られました。リサーチは2つの病院サイトにおいて行われ、生理的なものと心理的なものの両方が計測対象となっています。ひとつめのサイトでは、術前室で事務手続きや麻酔注入が行われ、親子はここで別れます。ふたつめのサイトでは、手術室まで親が付き添い麻酔が効くまでいるという違いがありました。

リサーチに参加したのは年齢6歳から12歳までの総計78人で、これまでの同様のリサーチが事後、多くは親が代弁することによって行われていたのに対して、これはリアルタイムで子供自身の反応も計測された点が特徴です。

さて、リサーチの結果には興味深い点がいくつもあります。そのひとつは、術前室で麻酔をかけられた子供は、不安の度合いが顕著に低くなるということです。しかしもっと面白いのは、術前室の空間のあり方が医療面にも影響を与えたことです。術前室利用は直接的な薬品処置ではありませんが、これを戦略的に利用することで医療的にも効果を出すことが可能になると言え、「これは、エビデンス・ベースのデザインがエビデンス・ベースの医療とがっちりと組み合った例」だと登壇者は強調しました。

術前室のデザインについては、親と子供に対して何が不安を誘発するか、何が気を紛らわせてくれるかを5要素選んでもらいました。後者は、「ポジティブ・ディストラクション」と呼ばれ、術前室には望ましいものです。

リサーチの結果によると、不安感を誘う要素は医療サポート機器や麻酔装置、そして時計です。また手術室の準備ができたことを伝える赤いランプも不安な気持ちを増幅させます。これらは子供と親両者に不安を引き起こすことは同じでも、その理由は異なるそうです。また親に対する指示関連の張り紙も、親にとって有用でも、子供には不安を感じさせるものです。張り紙の位置を再検討しなければなりません。時計については、今やコンピュータのスクリーンに表示される時計を参照することがほとんどなのにもかかわらず、昔ながらに放置されているもので、医療環境のデザインで再考が必要とされるもののひとつと言えるでしょう。

また、術前室にさまざまな要素が溢れていること自体がどうしようもない感情をわき起こさせ、狭くて家族が皆入れないといったことも指摘されました。

反対に、術前室の天井にLED照明で星座のような形を描いたものや、テレビがついていることは、子供にきれいだとか楽しいといった感情を持たせ家にいるような気持ちを起こさせたと言います。明るい色使い、自然、自然光、アンビエント照明なども、ポジティブ・ディストラクションに大きく貢献する要素です。

このようなリサーチの結果をもとに、対象となった病院ではランプの色を変えたり、カーテンを利用して医療機器を隠したりといったことが検討されています。実際に医療を受ける子供の視点は過小評価されているか誤解されていることが多く、また親と違って不安に対処するすべを子供は持たないことも鑑みる必要があります。

こうしたことを実現するには、病院側の文化的な決断と組織全体の協力が必要で、デザイナーとしては医療提供者であるクライアントに対して、物理的な医療環境が個人の癒しに影響を持つことを訴えることが求められます。環境のデザインが回復へのアフォーダンスとなる。登壇者らは、この分野はさらにリサーチを続ける必要があると述べました。

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