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コト2026.01.16

病院の経営視点で捉えた、「生存戦略」としてのDX

社会医療法人石川記念会 HITO病院のDXへの取り組み(後編)

DXの推進で働き方や組織のあり方まで変革している、愛媛県四国中央市の「HITO病院」。前編では、理事長・石川賀代さんと、DX推進室CXO(Chief Transformation Officer)の篠原直樹さんに、DXの具体的な方策と組織に浸透させるための工夫について伺いました。

後編では、病院経営の視点から見たDXの意義と費用対効果の考え方、そしてDXを活かした「生存戦略」について、人材の確保や新たな価値の創造という視点からもお話を聞かせていただきました。

DXによって、働き手にも患者さんにも「選ばれる病院」へ

―― HITO病院では、DXによって現場の負担軽減や人材育成で成果を上げられています。経営的な視点でのDXの狙いはどこにあるのでしょうか?

石川理事長 これから人口減少に伴って圧倒的な働き手不足となります。今でもすでに不足していて、2040年までの間に私たちの地域(愛媛県四国中央市)の働き手世代が3割ぐらい減ると言われています。

少ない人数で、いかに医療の質を落とさずに、持続的にサービスを提供していくのか考えたときに、患者さんに選ばれることはもちろん、働き手にも選ばれる病院であることが欠かせません。

実現のためには、DXと人的資本経営の推進という2つがベースに必要です。その基盤を作るために、今はまずDXを進めているところです。

篠原CXO 当院ではデジタルツールで情報共有を進めたことで、スタッフが本来の業務に集中できるようになりました。また、Teamsを使ったプロジェクト型チームの立ち上げによって課題に対する意思決定がスピーディになり、現場のモチベーションを下げない組織へと変化しています。 

スタッフにとって働きやすい環境になったと同時に、患者さんに提供する医療とケアの質も向上し、結果的に働き手にも患者さんにも「選ばれる病院」の実現につながっていると感じます。

数値化できる費用対効果ではなく、「働きやすさ」の実現を

―― DXの費用対効果については、どのようにお考えですか?

石川理事長 「DXによって利益を生む」みたいな単純な話ではないと思います。

DXツールの導入は新たな試みとなるため、導入前に「時間外労働がこのぐらい削減できる」などの成果がわかりません。だから、はっきり見える成果を求めて導入の可否を判断すると、ほぼ導入できないことになってしまいます。 

DXによって、「働く環境として良くなる」「効率的に働ける」「患者さんのケアに集中できる」など、最初は数値化できないことが成果になると思います。その後、DXをいろいろ試していると数値的な結果も出るようにはなりますが……。

篠原CXO 私たちが理事長にDXを提案するときにあるのは、「このままではスタッフが定着せずにどんどん辞めていく可能性がある」という、病院の生存戦略的な危機感です。

DXに多少投資してでも、働き手が減るのを食い止めないといけない。DXのきっかけになった、脳外科医が2人から1人に減ったことが、まさにその例です。 

「医師は必要ないよね」と判断されて次の医師が来なくなると、部署が縮小し収入が減るので、投資も減ってしまいます。それを「諦めていい」と考えるのか、「いや、生き残るためには、工夫して踏ん張らないといけない」と考えるのか。

後者を目指すなら、DXは不可欠だと思います。 DXは前例のない「変革(トランスフォーム)」なので、最初の時点では数値的な費用対効果を出すことは難しいです。だから、理事長が意思決定するにしても、これまでの判断材料ではできません。

DXは初期投資を抑え、クラウドファンディングも併用

―― DXのための資金の捻出に困っている病院や施設もあると聞きます。コストが足枷となって足踏みとなってしまっている経営層の方々へ何かアドバイスをいただけないでしょうか?

篠原CXO 確かにDXを進めていく上では、デジタルツールの導入コストは障壁になります。まずは低コストのツールを導入し、組織の一部で実証実験的に小さく始めるのがポイントだと思います。

当院では最初にアンドロイドのスマートフォンを10台ほど導入しましたが、場合によっては中古のスマホを検討したかもしれません。(詳しくは前編をご覧ください)

―― スマートフォン導入後は、どのようにDXの資金を捻出されましたか?

石川理事長 DXの費用対効果は、事前にはわからなかったのですが、チャットツールの導入などで看護師の時間外労働が大幅に減りました。時間外手当などの人件費が削減された結果、その分を次のDXの資金に充てることができています。

また、ICTの活用によって朝礼や終礼を廃止して生まれた時間を生かして、リハビリテーションの単位数の増加に寄与することで、収益の確保につながっています。

――訪問看護で使うスマートグラスの導入には、クラウドファンディングを活用されたそうですね。

石川理事長 はい。2024年に「DXを活用した地域包括ケアシステムの実現へ」という内容で、クラウドファンディングを実施しました。趣旨にご賛同いただいた104名の方々から1200万円以上ものご支援をいただきました。

現在はそのスマートグラスを活用し、スタッフが訪問看護している際に、病院にいる医師や専門職のスタッフが遠隔支援しています。(こちらも詳しくは前編をご覧ください)

病院のパーパス「いきるを支える」を、叶え続けるために

HITO病院の入り口の天井にはひときわ大きな照明を採用。患者さんが下を向かないように工夫された開放感のある明るい雰囲気が生まれ、訪れる方にも心地よい空間となっている。

 

病と向き合うだけでなく、どう生きるかに向き合う医療をコンセプトに掲げている同院の緩和ケア病棟には家族や患者同士がくつろいで交流できる場として談話室が設置されている。

―― HITO病院では「いきるを支える」をパーパスとして掲げられています。その実現にDXが果たす役割とは? 

篠原CXO 「少ない人数で、『いきるを支える』には、どうしないといけないか」を考えたときに、手段の1つとしてデジタルツールを最大限に活用して、病院を運営しているところです。

スマートフォンを連携強化のツールとして使い、生成AIを知能拡張のツールとして使えば、個人の能力が高まります。もし分からないことがあれば、連携して助け合いながら、多職種で業務を進めて行けば、職種の壁も下がるんですよね。

今までは、対面で別の職種の人とコミュニケーションをしていると、組織の壁を感じることが結構ありました。でもチャットの中で、チームで多職種のコラボレーションをし始めると、ちょっとずつ壁が壊れてきて、フラット型のチーム医療がやりやすくなったと感じています。 

石川理事長 やはり、多職種がフラットな形で連携するのは欠かせません。

HITO病院では、入院されている患者さんの約7割が高齢の方です。高齢者の場合、基礎疾患があったり複数の病気を抱えていたり、要介護状態の方もおられます。患者さんの状態の複雑性が増してくる中で、職種の壁を超えてお互いの強みを生かして、協働しながらやらないと良い医療が提供できなくなります。その実現のためにも、デジタルツールは必要だと思います。

―― 多職種連携の次は、HITO病院での働き方についてどのような展望をお持ちですか?

石川理事長 これからは、個人の強みや良い部分を引き出して、「こういう能力があるから、こういう仕事をやってもらおう」という人的資本経営に繋げていければと考えています。

ただ、個々の能力を見極めて、その人に合った仕事をやってもらうためには、時間を捻出する必要があります。だから、最初のステップが効率化になっているんです。それができるようになれば、次は、それぞれのスタッフが持つ強みを生かした働き方もできるようになると思います。まだ私たちはデジタルツールでの情報共有による効率化というベース部分を行っているところです。

優秀な人材を繋ぎ止め、新しい働き方をつくるICT活用

―― HITO病院にとってDXとは、短期的な成果を追うのではなく、ビジョンに向かって一歩一歩近づいていていくための手段なのですね。

篠原CXO そうですね。「いきるを支える」の実現には優秀な人材が働き続けられる環境が大切です。環境を整えるためにも、ICT活用は必須だと考えています。

介護離職という言葉が、最近よく聞かれるようになってきています。

例えば、我々50代の親は80代になって、身体機能が低下したり認知症になったりして、介護が必要なケースも出てきます。でも、介護職の働き手が足りなくなってきているので、家族が支えないといけない。そうなったときに、フレキシブルに働ける環境がないと、離職せざるを得なくなる。優秀な人でも辞めないといけなくなるのは、社会的にも大きな損失だと思います。

石川理事長 コロナ禍以降、全国的に事務職のテレワーク化が進んでいますよね。

HITO病院でも、健診センターで働いているスタッフが島根に転居してもテレワークで仕事をしていたり、財務の責任者もここで10年勤めた後、宮崎でテレワークをしてくれています。

今までだったら離職していたようなスタッフも、継続して仕事をしてくれる環境があるのは、すごくありがたいと思いますし、組織としても大変助かっています。

DXによって集まったデータを、新たな価値の創出へ

―― DXによる将来的な展望もお聞かせいただけますか? 

篠原CXO 将来的には、病院のあり方を変えないと、診療報酬だけでは病院経営が厳しくなっていくと考えています。今は患者さんを治療することに対してお金が支払われる状態ですが、これからはヘルスケアの情報自体を活用して、何か新たなサービスを生み出すような病院へと変わっていかないといけない。

そのためにまずはデータを集められる環境を整え、患者さんの家族にもつながる環境を整える必要があります。ただ、患者さんのデータを集めるのはまだ難しいので、まずはスタッフのデータから活用しようと考えています。

例えば、スタッフがどのような働き方をしているのかリアルタイムでわかる看護量に注目しています。

看護師が、どこでどのぐらい何をしているのかのデータを集めて、アウトカム(成果)がどう変わっているかを調査しています。また、患者さんの重症度や看護必要度などのデータを活用して、新たな価値が生み出せる仕組みを考えています。

石川理事長 今は65歳の方でもまだまだお元気で、高齢者の概念がこれまでとは変わってきています。その世代の方々が働き手に入っていかないと、地域で支えられません。自分の足で歩けて社会生活を送ることができるのは、最低限クリアすべきところだと思います。そのために、病気に至る前段階をキャッチして「予防医療」的なサービスを提供し、地域全体の健康長寿を実現ができればと考えています。 

さらには、当院で収集した健康に関するデータや医療・介護スタッフからのフィードバックを、企業のビジネスアイデアとつなげて、ここ四国中央市がヘルスケア領域のイノベーションの中心地となるような構想を描いています。

「業務効率化」と「医療の質向上」を両立する手段としてのDX

―― 最後に、DXに一歩踏み出そうとしている医療機関の経営層の方に向けて、メッセージをお願いします。

石川理事長 DXは目的ではなく、あくまで病院経営を続けていくための手段の一つです。 
まずは、自院の立ち位置を改めて考えることが第一だと思います。

例えば、これから人が減っていく地域なら、少ない働き手で質を落とさず、いかに効率的に運営していくか? 自院の課題に対して、これからどう展開していくのかのイメージを持っていないと、次のステップには進めません。

今の病院経営には閉塞感があり「もう仕方ない」と、いくらでも言い訳ができてしまう。撤退する選択をする病院もある中で、人に選ばれ続けながら地域の中で使命を果たすためには、どうしていくかを考えなくてはならないと思います。

篠原CXO 医療の分野でデジタル技術を使う意味は、効率化を図っていく方向と、質向上の2つがあると思います。これまでだと、効率化と質向上の両方を追い求めるには、人手を増やすしかありませんでした。

でも、デジタル技術を活用すると、人が増やせなくても両立が可能になってきたんです。DXによってスタッフが働きやすくなり、患者さんに提供する医療やケアの質が上がる。結果的に、スタッフにも選ばれ、患者さんにも選ばれる病院になることができます。

また、デジタル技術の活用と同時に、人的資本として人を捉えることも欠かせない要素です。

ただAIなどで知識を与えるだけではダメで、新人スタッフにも活躍できる場を与えて、いろんな成功体験をしてもらうなど、柔軟な組織での管理者の発想も必要です。デジタル技術を活用した環境と、人事戦略がセットになっていることが大切だと思います。 

石川理事長 これから人手不足は加速して、最低賃金は上がっていきます。病院、医療機関が働きやすくならないと、どんどん人が流出してしまうという危機感があります。だからこそ、人を増やすために採用にお金をかけている医療機関は多いと思います。

その採用の予算の一部をDXに投資することは、1つの考え方かもしれません。働き手に選ばれる病院になるためには、そこを考える必要があるのではないでしょうか。

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