CLOSE

MAGAZINE

HOME > MAGAZINE > Interview > 医療サービス3つの特殊性と「待つ」のデザイン。 人間中心設計の視点で問う“患者との関係性”。-前半
コト2020.10.09

医療サービス3つの特殊性と「待つ」のデザイン。 人間中心設計の視点で問う“患者との関係性”。-前半

みなさんは、病院の待ち時間に対して疑問や不満を抱いたことはありますか?

日本はPX(Patient Experience:患者経験価値)後進国といわれるように、皆保険制度の仕組みにおいては患者の体験や気持ちにまで医療サービスが行き届いていない場合もあるかもしれません。一方で、病院の統廃合促進が注目される中、選ばれる病院づくりへのブランディングなど、患者中心の医療価値が少ずつ認識されはじめています。

「世界各国のPX取り組み状況」
一般社団法人日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会

今回お話を伺った横浜市立大学の飯塚准教授は、人間中心設計(Human Centered Design:HCD)の専門家として、観察手法などを用いて患者の体験や医療サービスの在り方について調査をしています。

飯塚准教授のお話から見えてきたのは、医療サービスの特殊性や複雑性でした。


飯塚重善

飯塚 重善(いいづか しげよし)

1990年静岡大学理学部数学科卒業.同年,日本電信電話株式会社入社。

2009年4月より神奈川大学経営学部 准教授。

2019年7月より横浜市立大学先端医科学研究センター客員准教授を兼務。

コミュニケーションデザインによる健康・医療への貢献を目指す取り組みをおこなっている。

博士(情報学)。特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。認定人間中心設計専門家。


医療サービスの前にまず、いわゆる一般的なプロダクトデザインがどのような傾向にあるのか。その潮流は技術中心からユーザー中心に変化をしてきました。モノに溢れた現代は高度な技術を有した製品が必ずしも選ばれる時代ではありません。

飯塚先生

“いかに使いやすいものを世に出すか、いかにユーザーに寄り添ってプロダクトやサービスをデザインするかという視点が重視されています。市場の競争原理が働くと、一般的なプロダクト・サービスではいかに買ってもらうかが重要となります。「良いもの」は「買ってもらえるもの」、つまり「購買」という行動が企業にとっての評価基準という見方ができます。”

病院の経営状況は全国的に悪化しています。そこで、「いかに患者に来てもらうか」といった集患の施策を講じるなど、医療業界においても競争原理が働く可能性があります。

飯塚先生

“HCDの観点はプロダクトデザインにおける差別化の切り口をもっていますが、病院経営においても同様にHCDやUXのデザイン要素を取り入れることによって、他の病院より一歩先をいく経営、もしくは病院の在り方を実現していけるのではないかという視点があります。”

医療サービスの3つの特殊性

医療はある種のサービスと捉えることができます。購買行動を一般消費者の評価と受け取るならば、「来院者の数が増加した」「来院者がリピーターとなって再来した」といったことはある意味、満足度を表しているのかもしれません。

しかし、医療サービスには、一般的なサービスとは異なる要素があります。その一つが「情報の非対称性」

飯塚先生

医療は一般的なサービスと異なり、情報の非対称性、つまり医療従事者側と患者側とで所有している情報の質と量が圧倒的に異なります。そのため医療従事者の方が有利な立場にあります。一般のプロダクトでは、顧客がやたら製品に詳しいこともありますが、そこまで売る側の優位性がありません。医療に関しては売る側(サービス提供者)が「先生」と呼ばれるくらい優位性があるのです。”

インターネット上に溢れる医療系の情報は誰でもアクセスできる環境にありますが、全員が十分な患者リテラシーを持っているわけではありません。

二つ目は「技術の不均一性」です。

飯塚先生

“同じ症状でA病院とB病院に行ったとき、診断方法や診断結果は異なる時、何が正解か患者側もわかりません。正解が何かを知らない人間が評価しなければならない状況はとても難しいといえます。一般的な製品は「この部分が良い・悪い」と購入者の主観で評価すれば良いのですが、医療サービスは果たしてそうなのでしょうか。自分で正解を持てないのです。その一方で満足度とは一体何なのかといえば、私が現在携わっている教育というサービスの視点でもいえることですが、患者の言いなりになることが良いわけではもちろんありません。患者や学生に媚びることとは違います。患者のことを「患者様」と呼び方を変える感覚とは違うはずです。”

医師の立場が高いため、「この医師に診て欲しい」「この病院に行きたい」というニーズがあれば患者がある程度の我慢は受け入れざるを得ない、というのが実情です。

飯塚先生

“医療をサービスと考えると、ある意味、市場の原理として当たり前なのかもしれません。美味しいラーメン屋さんに行くと、店の前で30分ほど並ぶのは当たり前と受け入れられるように、並ぶことを否定したらラーメン屋の文化は成り立たない部分があります。医療サービスにおいても、患者はまず医療の質を重視しますので、患者満足度を追究するには、技術の質の向上は必須要素です。医術の質が一定以上の水準にあってはじめて技術面以外の部分が競争要素として働くのです。

三つ目は「便益遅延性」です。

「あの医者は良かった」と患者が本当に思えるのは治療を受けて時間がかなり経過してからのこと。診察を受けてから患者が満足を実感するには一定の期間が必要です。例えばバッグを購入した瞬間に「良いものが手に入った」と感じて満足度が上がるのに対して、医療サービスは「医療サービスを受けて良かった」と思えるまでのタイムラグが大きくあります。

飯塚先生

本質的な満足度は病院に居る時だけではないのです。病院に居る時、さらには病院を出た時の満足度、1カ月度、あるいは1年後の満足度なのです。その意味ではリピート率は一つの指標になります。また、「移動」という行為は時間と費用をかけることから「コスト」とみることができます。どれだけ遠くから来院しているかの距離感、すなわち来院にどれだけのコストをかけているか、も一つの指標になるかもしれません。”

このように医療サービスが抱える3つの課題から、患者満足度を考える上で「医者と患者の関係性がどうあるべきか」を考える必要がありそうです。医療サービスの在り方はその関係性によって論点が変わるのでしょう。

前半では、医療サービスと一般的サービスを比べることで医療サービスの特徴を捉えました。後半では、病院における待ち時間の実態と患者心理への影響をリサーチした論文について、背景を詳しくご紹介します。

© Central Uni Co., Ltd. All Rights Reserved.