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ヒト2021.03.18

心の病に対して、社会はどう向き合うべきか? 作業療法士×ラッパー「慎 the spilit」が届けるメッセージ -後半

前半部では慎 the spilitさんが精神科の作業療法士として、患者さんと「人と人」として向き合い、サポートをする姿勢を伺いました。

ここからの後半部では、社会のリアルな問題へ切り込む慎 the spilitさんの音楽活動の原点や想いに触れ、多様性のある社会の作り方を考えていきたいと思います。

自分が感じたことを飾らずに曲にする

作業療法士の慎 the spilitさんは、ラッパーとしての顔を持っています。音楽活動の原点はどこにあるのでしょうか。

慎 the spilitさん

“きっかけは、母が22歳くらいの時に亡くなってしまい、どうしようもない気持ちを曲にしたことです。音楽活動をするうちに、日々の臨床で関わらせてもらっている人々の体験や心の声こそ、僕にしかできない音楽なのかと思い始めました。HipHopのカルチャーは差別されてきた黒人たちの間で生まれました。心の病をもつ人に対しても社会の無理解や誤解があるため、そこに対するリアルな投げかけを歌詞にしています。”

慎 the spilitさんは心の病の背景に深く潜む「児童虐待」など、タブー視されるような社会のリアルな問題にHip Hopで切り込みます。そこには、ありのままの現状を伝えたいという想いがありました。

慎 the spilitさん

“ほとんどの曲は僕が感じていることを曲にしています。誰かの代弁ではなく、自分の体験を書きたい。少し触れにくいショッキングなこともありますが、それが現実です。あえて飾らずに曲にしています。

心の病を持つ方の気持ちを歌った曲『×を並べて○を描く ~心に病を持つ当事者と作業療法士より~ 』では、当事者として同じ悩みを持つ方々を支える「ピアサポーター」の方の実体験を基に歌詞が綴られています。

『×を並べて○を描く ~心に病を持つ当事者と作業療法士より~』

「病気を告白したりしたら何故だか誤解される / 甘えてる言い訳だなんて言葉を平気で浴びせられる / 鏡じゃなく包丁に映る自分 / 病の鎖に縛られた気分 欲しい自由 / 足はどっこも悪くないのに1歩も動けやしない」(『×を並べて○を描く ~心に病を持つ当事者と作業療法士より~』より抜粋)

慎 the spilitさん

“心の病をもった当事者同士で励まし支え合う「ピアサポート」と呼ばれるものがあり、その中に一定の訓練を受けた「ピアサポーター」がいます。約14名の方々に協力をお願いして、社会に対してどのようなメッセージを発信したいか、どのような辛いことがあるのかを伺いました。

中には声で伝えることが辛いため、紙に気持ちを書いてくださったり、入院中一番辛かった時期の日記を持ってきてくださる方もいました。頂いた言葉や日記を僕なりに歌詞にまとめて、その歌詞を持ってピアサポーターの方に聴いてもらい、ニュアンスなどを変更し修正していきました。”

慎 the spilitさんは、活動を継続していく中で3つの変化があったそうです。

慎 the spilitさん

“一つ目は、心の病をもつ人との関わりを歌うことによって、Hip Hopを知らないおじいちゃんやおばあちゃんなどさまざまな人に音楽を聴いてもらえたことです。クラブで歌っていたら絶対に届かない人たちにも音楽が届く。また、ローカルのTV番組や新聞に掲載された時には、たくさんの人から声をかけてもらいました。

二つ目は、当事者の方や全国のリハビリ職や心の病に携わっている支援者の方々から色々なメッセージを頂いたことです。実際に関わっていない人からもSNSを通じて、「励みになった」、「自分をわかってくれているような気がした」など沢山の有難いお言葉をいただきました。

三つ目は、周囲の人から心の病について打ち明けてもらえる機会が増えたことです。自分や、自分の母親や兄弟が「実は」心の病であると言われて、話す機会がありました。”

より身近なテーマで、より身近な人へ

音楽には、距離を超えて誰かを感動させる力が宿ることがあります。慎 the spilitさんには、ひとつのエピソードがあるとのこと。

慎 the spilitさん

“脳卒中になり半身麻痺になったという方が、入院中にYouTubeで『僕にできること~作業療法士として~ 』を聴き、SNSに「泣いた」とメッセージをしてくださいました。また、その方は九州から大阪のライブに車いすで見に来てくださいました。

私自身、入院中にHip Hopの音楽に勇気づけられ、もう一度自分をやる気にさせてくれた経験がありました。当時のわたしと同じ気持ちを、その方にも抱いてもらえたのかもしれないと感じ非常に嬉しかったです。”

僕にできること~作業療法士として~』

「幻覚や妄想があったら本当にその人はダメなのかな? / そこに至るまでに何かあったんじゃないか / それを考える努力をしたい / 共感なんて簡単じゃない、が / 共に歩みたい 共に感じたい 共に悩みたい 共に笑いたい」(『僕にできること~作業療法士として~』より抜粋)

このように、聴いた方の心に響く曲はどのように作られているのでしょうか。

慎 the spilitさん

“歌詞を作る時は、自分が担当している患者さんを思い浮かべ、患者さんと関わっている時のこと、その時に感じていたことを書きます。思い浮かべた患者さんが聴いて「良い」と思ってくれそうなことをピンポイントに歌詞にする。僕は、より身近なテーマで、より身近な人へ曲を書いています。”

多くのアーティストは今、新型コロナウイルスの影響でライブ活動が制限されています。そんな中、慎 the spilitさんは今後、病気や治療の知識を深め、臨床の一場面を歌詞にすることをテーマに活動をしていくそうです。

慎 the spilitさん

‟今後は作業療法士がメインではなく、日々の日常をただ音楽にすることをテーマに活動していきます。その中にもちろん作業療法士の僕もいるし、父親としての僕もいます。表現、ラップ、歌い方などのスキルを協力いただいいているビートメーカーの方からアドバイスをもらいながら、良い作品を作りたいです。‟

慎 the spilitさんは音楽というツールを通して、誰もが聴きやすく、受け入れやすい形で心の病を考えるきっかけを届けています。

日本では心の病がまだまだ「触れてはいけないこと」のように扱われているのかもしれません。しかし、無関心や無理解がさらに生きづらい社会のループを生み出しているのではないのでしょうか。

どんな患者も、患者である前に一人の人間として、ストーリーを持ち可能性を秘めています。

一人ひとりが少しでもそのストーリーを考えてみる、個々の可能性を信じることで、誰もが受け入れられる社会が作られるのではないでしょうか。

音楽という誰にでも身近な存在が、心の病をより身近な存在にすることを願います。

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