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コト2022.02.03

デザイン思考で、病院を「治療」にとどまらない場所に。健康デザインセンター・白波瀬丈一郎さんが目指す、新しい病院の形

「理想の病院とはなにか」。HCD-HUBでは、この問いに対するヒントを得るため、さまざまな専門家や実践者に話を伺っています。

日本国内で、病院のあり方を再定義しようとチャレンジしている人物の一人が、今回インタビューした医師の白波瀬丈一郎さん。白波瀬さんは、東京都済生会中央病院の健康デザインセンターのセンター長として、治療のみならず社会的支援、予防、健康な「場」づくりにも取り組んでいます。

言うまでもなく、病院は病気・障害がある人の心身機能を治療するための場所です。しかし、少し歴史を遡ると、こうした「患者が訪れて治療してもらう場所」としての病院のあり方は決して自明ではなかったとわかります。西洋医学をベースとする今のような病院の形が日本に出現したのは、明治期以降。例えば、江戸時代の医療は漢方が中心で、自宅療養している病人を医師が往診し、薬を処方する方式が一般的でした

「病院には決まった形があるわけじゃない。今の形はたまたまそうなっているだけで、それにとらわれる必要はない」──白波瀬さんはそんな信念のもと、現代における病院の再定義に挑んでいます。「デザイン思考」を用いて実現を目指す、新しい「病院」の形とは?


白波瀬 丈一郎(しらはせ じょういちろう)

1986年に医学部を卒業。その後精神科医として、主に思春期患者とパーソナリティ障害患者を対象に精神分析的精神療法と精神力動的入院治療を行う。その傍ら、病棟運営や精神科以外の診療科への支援(コンサルテーション・リエゾン)に携わることで、集団、組織、そして環境のもつ「人を守り育む力」実感するようになる。同時に、その力は心理的重圧がかかると容易に損なわれることに気づき、学んできた精神分析的な知恵を集団や組織に応用できる可能性を考え、実践。2009年から開始した産業精神保健事業KEAP(Keio Employee Assistance Program)はその成果の一つ。

2020年4月から勤務している東京都済生会中央病院健康デザインセンターでは、産業精神保健事業に加え、「病院の新しい形をデザインする」というミッションに取り組む。


治療、社会的支援、予防、健康な「場」づくり──健康デザインセンターがカバーする4つの領域

白波瀬さんがセンター長を務める健康デザインセンターは、東京都済生会中央病院に置かれている部門。英語表記の「Center for Health Design」から付けられた「C4HD」という略称には、病院で働く人、病気や障害を持つ人、健康な人、そして地域や社会という「4つの健康をデザインする」という思いが込められています。

同センターでは、以下のような成長マトリックスに沿って、4つの領域で病院の機能を高めることを支援しています。まず従来の病院が担ってきた、病気・障害がある人の心身の機能の「治療」。さらには、病気・障害がある人の社会参加を支援する「社会的支援」。そして健康な人に対しても、発生予防から早期発見・早期治療まで含めた「予防」、さらには健康で働きやすい職場、健康な人も行き来する場所としての「健康な『場』づくり」に取り組んでいます。

こうした病院のカバー範囲の拡張を主導するのが、白波瀬さんです。彼は常に既存の領域にとどまることなく、領域拡張を続けてきました。

白波瀬さんはもともと精神科医として、個人精神療法や集団精神療法に取り組んでいました。慶應義塾大学病院での勤務をはじめると、血液内科の骨髄移植チームから依頼され、精神科医が他領域の医師たちと協働する「コンサルテーション・リエゾン」に従事するように。白血病患者のストレス軽減に取り組むなかで、「君がいてくれると、すごく助かる」という声をもらったと言います。

「自分が身につけた精神医学の知識や技能が、他のフィールドでも役に立つ」──そう実感した白波瀬さんは、さまざまな医療チームの支援に取り組むようになりました。その後はさらに、病院の外へも活動のフィールドを広げていきます。学校の精神保健の支援、企業の職場復帰支援を中心としたメンタルヘルス支援プログラム「KEAP」……従来の病院の枠を超えて、社会全般に活躍の場を見出していきました。

「デザイン思考」を用いて、新しい病院の形を考える

そんな八面六臂の活躍の渦中で、2020年に就任した東京都済生会中央病院の海老原全院長から声がかかりました。「これまでにない新しい病院の形をつくりたい」──そんな相談を受け、同年に創設したのが、健康デザインセンターです。

「面白そうだなとは思いましたが、具体的にどうアプローチすればいいのかよくわからなかったので、まずは病院の歴史を調べながら考えていきました。すると、今の『病院』は、昔からこの形として決まっていたわけではないと気づいたんです。昔の医療の主流は往診で、医者が診療道具を持って患者のもとを訪れ、治して帰ってくるというものでした。病院の原型もありましたが、それは宗教のなかで人を救うという福祉的な要素が強く、医療のレベルとしては高いものではありませんでした。

しかし、医療機器が発展していくなかで、持ち運びが難しくなると、今の病院の形ができていきました。一つの建物の中にさまざまな機器を入れて患者に来てもらうという逆の構造をつくったほうが、より効率的に医療が提供できると。ですから、必ずしも今の病院の形は自明ではなく、それにとらわれる必要はないんですよ」

既存の枠組みにとらわれず、新たな病院の形を考えるうえでヒントになったのが、デザイナーの考え方や手法を活用して課題解決に取り組む「デザイン思考」です。その第一人者である、世界的デザインコンサルティングファームIDEOのCEOであるティム・ブラウンの考え方を学ぶなかで、白波瀬さんは「アンゾフの成長マトリックス」という概念に出会います。

「戦略的経営の父」とも呼ばれるアメリカ人経営学者イゴール・アンゾフが唱えたフレームワークで、成長戦略を「製品」と「市場」の2軸に置き、それをさらに「既存」と「新規」に分けることで、経営を取り巻く環境が大きく変わるなかで取るべき成長戦略を導き出すものです。

「このフレームワークを使えば、新しいことが思いつくかもしれない」。直観的にそう思った白波瀬さんは、まず「病気・障害がある人」と「健康な人」を分け、さらに世界保健機関(WHO)が制定した人間の生活機能と障害の分類法「国際生活機能分類(ICF)」をもとに「心身の機能」と「活動・参加」という区分も加えました。そうして完成したのが、記事の冒頭で紹介した「新たな『病院』のための成長マトリックス」だったのです。

「暮らしのなかで自然と健康になる」場を

新たな「病院」のための成長マトリックスは、現状の病院が抱えている課題の裏返しでもあります。白波瀬さんはその課題の根幹を「敷居の高さ」に見出していると言います。

「先ほどお話ししたように、歴史的に見ると、治療の場は自宅から病院へと移り変わっていきました。その過程で、病院が一般社会からどんどん隔離されていき、敷居が高くなってしまった。病院には病人しか来ないという状況が生まれてしまったんです。健康デザインセンターの取り組みは、その敷居をいかにして下げるか、という点が軸になっています」

病院の敷居を下げていくためのポイントとなってくるのが、新たな「病院」のための成長マトリックスにおける右上、「健康な人」の「活動・参加」を促す「健康な『場』づくり」。それを推進するため、白波瀬さんが可能性を見出しているのが、WHOの健康増進の考え方である「生活場面アプローチ(settings approach)」です。

これまでの健康増進は、教育や生活習慣の普及を通じて個人に働きかけ、個人の健康を実現していくようなアプローチが主流でした。対して、「生活場面アプローチ」は、個人が意識を高く持って健康になろうと思わずとも、そこで生活していると自然と健康になってしまう場所をつくっていく考え方です。

京都大学が学生・教職員たちで歩数を測定し、参加者全員の合計歩数で月までの距離を歩く企画『ウォーキングチャレンジ “Walk to the moon”』を実施していますが、白波瀬さんはそうした考え方を病院の中に取り入れたいと言います。

変化が遅いからこそ、「やりながら考える」

また病院を変革していく際のプロセスにも、デザイン思考から得たインスピレーションが活かされています。

「デザイン思考で気に入ったのは、『やりながら考える』というアプローチです。じっくりと考えて設計図をつくり、それに沿って完成を目指して進んでいくのではなく、とりあえず思いついたことを次から次にやってみる。その結果、使えそうなものを残し、使えないものはどんどん手放していく。このアプローチは、変化のスピードが決して速くない病院において、特に重要だと思います。病院では、何か変化させようとしてもなかなか動かない。変化を起こす前に、やってみるということに慣れる必要がある。だから、できるだけ小さなアクションをたくさん行って、練習する。そうしながら、病院を『変化する組織』に変えていくアプローチではないかと思います」

その実践例として、従業員参加型の職場環境改善を応用した、急性期病院という多忙を極める職場での環境改善の取り組みがあります。退職者の多い部門の一人ひとりに、「何でやめてしまうと思いますか?」「それを解決するためにはどんなことができそうですか?」とヒアリングし、結果をまとめたものを病棟師長をはじめスタッフ全員にフィードバック。自分たちで取り組める職場環境改善プロジェクトをつくり、定期的にミーティングで話し合いながら実行していくと言います。

わたしたちが当たり前のものとして受け入れている「病院」のあり方を見直し、治療だけにとどまらない、あらゆる人々のよりよい暮らしに資する場所として病院を再構築している白波瀬さん。その補助線として、「当たり前を疑う」助けとなってくれるデザイン思考の考え方がありました。

続く後編では、前編で紹介した活動の全体像を踏まえ、これから白波瀬さんが病院や医療にいかなる変革をもたらそうとしているのか、その未来像に迫っていきます。病院の機能が「治療」にとどまらない社会の実現に向け、わたしたちは何ができるのでしょうか?

Text by Masaki Koike, Edit by Kotaro Okada

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