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モノ2023.02.20

九州大学大学院芸術工学研究院 2022年度スタジオプロジェクト科目 「九州大学病院×デザイン」発表会

1月上旬、九州大学大学院芸術工学研究院にて、九州大学病院×デザインプロジェクトの研究発表会が行われました。本プログラムは九州大学病院・医学部と九州大学芸術工学研究院が連携した「医療とデザインを融合した教育プログラム」における演習講義で、芸術工学研究院の秋田直繁さん、松隈浩之さん、平井康之さん、九州大学病院の工藤孔梨子さんが担当しています。

指導教官の一人である平井康之さんは、日本におけるインクルーシブデザイン推進の第一人者であり、過去HCD-HUBの単独取材 (2021.12.23)では、インクルーシブデザインの医療分野への応用可能性についてお話して頂きました。取材では、様々な事情を抱えた患者さんをあまねく受け入れる病院は、いわゆるマジョリティ向けのものとして発展してきた「デザイン」だけでは不十分な側面がある、と言及。その上で、インクルーシブデザインを実現するために、ニュートラルな組織をつくることや、デザインする人が当事者と直接的に関わりながら解決策を一緒に考えることの重要性を示唆されました。

スタジオプロジェクトでは、「人工肛門(ストーマ)保有者」と「神経難病(特に身体動作に不自由さを感じる)患者」の2大テーマに焦点を当て、九州大学病院の当事者(患者)と医療スタッフと共に、学生たちがデザインに取り組みました。こちらのレポートでは、前半の人工肛門(ストーマ)を選択した2チームをご紹介いたします。

ストーマ(人工肛門)保有者を取り巻く課題(臨床・腫瘍外科 第一外科)

『ストーマあれこれマップ』‐ストーマ手術を受ける予定の患者の情報入手の在り方‐

担当:統合新領域学府修士2年 日向野秋穂さん、九州大学病院消化管外科(I)永吉絹子医師

医療サービスには、医療提供側と患者側の情報格差(情報の非対称性)の問題がありますが、『ストーマあれこれマップ』の着想はまさに、「術前・術後の情報が足りない」といった声から生まれました。術後の体の変化と同時並行して情報が多く入るなか、患者は忙しそうな医療従事者の方に気軽に質問することができません。自分で調べようにも、色々なサイトに情報があり、どれが正確な情報で、どれが自分の欲している情報なのかも分からないそうです。そこで学生チームは、必要最低限の情報が一目でわかり、術後の行動が簡単になるようなデザインを考案。まずは認定看護師や日本オストミー協会の方を対象にヒアリングを行い、課題を定義。前期の授業で『ストーマあれこれマップ』の初版を提案し、担当教員からアドバイスを頂きながらブラッシュアップしました。その後、九州大学病院の患者3名へアンケートを実施し、マップの効果や機能の確認。日本オストミー協会の方や人工肛門の使用歴が長い当事者へも同様のアンケート調査を実施し、より多角的な意見を得ました。

Design1 『ストーマあれこれマップ』

一目で基本的な情報が得られる、おためし紙製パウチ付のパンフレット

折って持ち歩く(ポケットに収納する)ことを想定して、作品サイズはA4・外四つ折りに。医師または看護師が人工肛門手術直前・直後の患者へ直接配布する他、院内案内としての配布、日本オストミー協会のイベント時の配布、またはHPよりダウンロードする配布方法が考えられるそうです。また、パンフレットの構成は、コロプラスト社の「ストーマケアと暮らしのガイドブック」とユーザーの意見を基に情報を選定し、患者の年齢層や性別を意図しないデザインが心がけられています。寒色系の背景のページ(左列)には基本的な情報を記し、暖色系の背景のページ(右列)には、疾患に慣れてきた頃に気になる情報が記されています。患者が自ら情報を絞り、自発的に調べるきっかけづくりに、との想いが反映されています。

Design2 『Stoma Information Hub』

信頼できるストーマサイトを集めたサイトであり、情報とユーザーをつなぐハブ

ストーマに関する信頼できる情報を欲している人を対象に、各協会や学会で提供されている個別の情報をプラットフォームとして提供するためのHPも考案。自分が欲しい情報をタグで検索できることができます。

「(パウチを試せることで)使用へのハードルが下がる」といった声を頂いた一方、「文字が読みにくい」「パウチの貼り方に関して知りたい」といった新たな課題も引き出されました。学生たちは、九州大学病院におけるユーザー調査を強化し、信ぴょう性の高いデータを得ること、さらに、この実践について医学関連とデザイン関連学会の両方で論文を提出し、医療とデザインの関係性の構築に役立てていきたい、と今後の展望を示しました。

『本ネの畑』‐ストーマを保有する患者間の交流の在り方‐

担当:芸術工学府修士2年 長谷川愛さん、篠原愛海さん、成田玲一さん、大池克明さん、小野愛佳さん、九州大学病院消化管外科(I)永吉絹子医師

術前・術後の不安な気持ちを表出するためのアイディアを考えたチームもありました。そのアイディアはプロトタイプの工程で造形を豊かに変化させ、『本ネの畑』へと具現化されました。デザインの条件は3つありました。1つは匿名性。疾病(ストーマ)のことや精神的なことを人に話しづらいと感じる患者に配慮する必要がありました。2つ目が投稿スタイル。対象エリアは年齢層の高い患者が多い病棟だったため、アナログな投稿形式・展示方法にこだわりました。最後はユーザーへの動機づけです。参加者がつい投稿したくなる仕掛けと、投稿によって「何か」が完成する展示を目指しました。

Design 『本ネの畑』

まずは学内で6日間の検証を行うことに。すると、「好きな人に声をかけたい」や「オンライン授業夏だとパンイチで受けている」といった学生たちの本音の投書が21枚も入っていたのです!また、通りがかった人が川柳を書いて投稿する『川柳ポスト』との比較実験では、『本ネの畑』は学生生活に関わること、目標、アイディア、やりきれない思い、他人に言いづらいことが書かれた一方、『川柳ポスト』は日常生活のよくあることや新情報が書かれていました。最終的に集まったのは4枚と、前者に対して少数でした。どちらも共感や情報共有につながる内容を収集できる点では共通していましたが、(病棟の患者が)言いづらいことを気軽に発信できる場として、『本ネの畑』が最適と判断されたのです。

学内検証を経て、第一外科の患者と医療職を対象におよそ2週間の院内検証を実施。最終的には9枚の投書が集まりました。その中には、「時間を気にせず朝から夜まで一日中寝たい」「早く仕事を終わらせ帰りたい」といった、社会人として言いづらいことが書かれていたり、「どんな人にも目を見て挨拶できるようになりたい」「やさしい心をください」のような、メンタル面に言及した内容、前向きな目標などがありました。第一外科病棟ナースステーションでは、同じく『川柳ポスト』を展開し、「ストーマあるある」についての川柳を募集しましたが、結果は0枚でした。

学生たちはこの結果を受け、外観の親しみやすさと難易度の差が『本ネの畑』の利点ではないか、と考察。具体的には、投稿量が一目でわかる点や、野菜モチーフの用紙が親しみやすいビジュアルである点、そして川柳のように考える工程を要さず、思ったことをそのまま書ける点を挙げました。一方で、学内と院内では収集数に大きな差があった理由として、処置室は時間的・空間的な余裕の確保が難しかったのではないか、と考察。「患者さん同士に限定して」「医師や看護師も」あるいは「病院外の一般の方も」等、対象となるユーザーによって効果的な設置場所も変わるはず。待ち時間を持て余す外来も適しているかもしれません。ユーザー行動も考慮した上で、設置場所や運営方法も含めデザインする必要があることが分かりました。

医療分野のデザインには、当事者の保有する疾病への深い理解が欠かせません。学生たちは芸術分野の出身でありながら、医療の専門用語を正確に理解・駆使して、現場の医療スタッフとのコミュニケーションを試みました。その結果、当事者のインサイトを見事に捉えた、ユニークで質の高いアイディアが生まれたのです。一方で、アイディアを継続的に現場に導入してみれば、見えてこなかった新たな課題も発掘されるでしょうし、検証方法やアンケートの項目・構成なども検討する必要があるでしょう。今後は、産学連携による(アイディアの)製品化も視野に入れ、より融合的なプロジェクトへ発展する見込みとのこと。期待が膨らみます。

九州大学病院国際医療部 医療×デザインプロジェクト

主催:九州大学病院国際医療部 九州大学芸術工学研究院  協力:九州大学QRプログラム、アジアオセアニア研究教育機構、九州大学病院ARO次世代医療センター

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