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コト2022.12.01

医療の世界に「創意工夫」を増やすために──ファミリハつくば院長・中川将吾さん×日本医療デザインセンター代表・桑畑健さん対談

子どもにとって、病院は退屈で、怖くて、行くのが億劫な場所。そんな常識を覆し、公園や遊園地のような空間が実現している「つくば公園前ファミリークリニック」(以下、ファミリハつくば)。

前編記事では、院長の中川将吾さんにインタビュー。「メディカルテーマパーク」をコンセプトに掲げ、子どもと大人が一緒に体を動かし、遊びながら健康を目指せるこの小児整形外科クリニックの全容と背景の問題意識を紹介しました。

実はこのクリニックの裏には、中川さんに加えて、もう一人のキーパーソンがいます──医療課題をデザインで解決していく社会に向けて、医療デザインの社会実装を推進する、一般社団法人日本医療デザインセンター・代表の桑畑健さんです。後編記事では中川さんに加え、デザイナーとしてファミリハつくばの立ち上げを支援した桑畑さんも交えて、これからの医療に求められる「創意工夫」のかたちを探ります。

「新世代の開業医が出てきたな」──中川将吾が初対面で感じさせたもの

──桑畑さんは日本医療デザインセンターの代表理事として、日頃から、医療における変革に取り組むさまざまな方々と接点を持っていると思います。そんな桑畑さんから見て、中川さんと最初に会ったとき、どんな印象を抱きましたか?

桑畑 新世代の人だな、と思いました。従来の開業医の方々と、ぜんぜん考え方やタイプが違う……というか、とにかくブレーキの外れ具合がすごくて、そこがとても好きだなと(笑)。

中川 (笑)

桑畑 だって土地を持っている人や大きな医療法人ならまだしも、いち勤務医がいきなり多額の融資を受けてこんな大きなクリニックを作るなんて、ありえないですよ。そこに並々ならぬ覚悟を感じて、純粋に「すごい。応援したいな」と思ったんです。この人がどういうものを形にして、世の中に発信していくのか見てみたいし、そこに便乗したいなと。

──直感的に惹かれるところがあったと。その後、桑畑さんはどのような役割で立ち上げに関わっていったのですか?

桑畑 勝手に絡んでいるだけです。四字熟語で言うと「便乗商法」(笑)。「病院をこうしてほしい」とは一切言っていないですよ。

中川 僕がやろうとしたことを後押ししてくれる役割、と言えるかもしれません。僕だけで考えると多分、現実的な意見に引っ張られてスケールが小さくなってしまうんですよ。でも桑畑さんは、発想を広げてくれたり、何か面白そうなつながりを紹介してくれたりするんです。

医療の世界でイノベーションが生まれにくい理由

──ファミリハつくばの施設そのものに関して、医療デザインの観点から見たユニークさもお話しいただけますか?

桑畑 もちろん一つひとつのパーツや設備単位もそうなのですが、とにかく全体像としてユニークだと思っています。ただ患者さんを増やすとか、診療報酬を得るとかだけではない観点で作られている。

日本医療デザインセンターでは、デザインというものをわかりやすく「創意工夫」と言っています。ビジネスっぽく言えば「イノベーションのための手段」。その意味でファミリハつくばは、創意工夫の塊ですよ。対症療法にとどまらず、その後の回復や成長も含めて、地域の子どもたちや家族が、健康に暮らしていくための仕組みを考え、実践している。

──なぜファミリハつくばでは、そうした「創意工夫」が実現しているのだと思いますか?

桑畑 中川先生にイノベーターの気質があるからだと思っています。新しいことをやろう、何か工夫していこう、人がまだやっていないことをやろう……そんなことをずっと考えている。保守的な人にはあまり好かれないタイプかもしれませんが(笑)、中川先生は輪に入らなくても、あまり気にしない気質でもある。オリジナリティーのある経営をしていくための適性が揃っている人なんです。

そもそも医療の世界では、過去のエビデンスから判断する「科学的アプローチ」が基本です。論文や公的な資料からエビデンスをしっかりと調べて、「これは大丈夫だ」と判断してから診療する。もちろん、それでいいんですよ。だって「この薬を使うのはあなたが初めてなんです」と薬を出されたら、不安しかないですよね。ただ、経営やイノベーションという観点では、新しい未来を想像し、そこから逆算する発想法も必要になってくる。中川さんみたいに、その発想法を自然とできる人は貴重なんです。

──でも、希少な存在だからこそ、共感してくれる仲間を増やすのも大変そうですね。

中川 そこはもう明確な答えがあって、SNSです。僕がここで採用した人は、全部SNSでの呼びかけに応えてくれた人で、一般的な求人広告は出していません。僕のやっていることを追っている人が応募してきてくれるので、既にやりたいことが伝わっている。

桑畑 僕は採用サイトを作る仕事もしているんですが、提案する必要がないんですよね(笑)。

中川 (笑)。ありがたいことに、放っておいても、連絡してきてくださるんです。働くことに、やりがいや楽しさといった価値を求めていて、既存の施設で満足していない方が多い気がします。みなさんがファミリハつくばのどこに共感してくださっているのか、もっと言語化できればより上手にスタッフを集められると思うので、そこはこれからの課題ですね。

「創意工夫」を増やすために必要な「カリキュラム化」と「社会実装」

──桑畑さんは日本医療デザインセンターで、そうした中川さんのような人を増やすための取り組みをされている?

桑畑 そうです。医師の方であれば、過去から現代の積み重ねる「科学的アプローチ」の実践は十分にできているはず。そこにプラスして、未来から逆算した思考もガッチャンコできたら、最強じゃないですか。

そして今は特に、そうした人が求められているんです。コロナ禍はもちろん、高齢化や人口減少が止まらない中で、今までどおりにクリニックを経営しているだけでは、十分に経営が成り立たなくなる時代になりつつあるからです。そんな時に、隣のクリニックと患者さんを奪い合っても、仕方ないじゃないですか。

中川 自分のところの患者さんだけ増やしても、他が減っていては意味がないですからね。それだと全然、いいことをしているように思えない。そうではなく、みんながメリットを得られるための仕組みを作ったり、新しい価値を生み出したりするほうがいいなと思っているんです。

桑畑 まさにSocial Good Dr.の発想ですね!

──そうした「創意工夫」できる人を医療の世界でもっと増やしていくためには、何が必要だと思いますか?

桑畑 大きく2つあって、「カリキュラム化」と「社会実装」です。天才でなくとも、学んでいけばある程度のことができるカリキュラムになっていて、かつそれが実際に社会を変えた実例があること。例えば医療デザインを学ぶ場があったとしても、僕はその2つが揃っていないと人は学びに来てくれないと思っているんですよ。なのでいまは新しい発想を生み出すためのツールキットを開発したり、このファミリハつくばのような社会実装の実例に関わらせてもらったりしているんです。

病院中心ではない「患者目線」の医療へ

桑畑 その際、一番の敵は「嫉妬」です。関係者が利権を自分で独占しようとすると、この活動は広がりません。例えば、僕が中川先生と他の方をおつなぎしてビジネスが生まれそうになったとき、「何で僕のところにお金をくれないのだろう」「そのアイデアは僕の著作権なんですけど」と思った瞬間に、この活動は広がらなくなる。

中川 ただ、僕は同じ形のものをもう一個作ろうとは全く思いません。その地域にはその地域に合ったものができればいいなと思っているんです。

とはいえ、とにかくやりたいことがたくさんあるので、院長を代わりにやってくれる人がいるなら任せたいくらい(笑)。前編でお話ししたように、うちは初診が多いんですが、枠を増やして再診をどっと入れていけば、収益も一気に増えると思うんです。でも、お金を稼ぐこと自体には全然興味がなくて、余白を残しておきたい。

桑畑 「院長じゃなくてもいい、経営者になりたい」と言っているのは、中川先生のユニークなところですよね。このファミリハつくばのメソッドや仕組み、世界観に刺激を受けた取り組みが、色んな地域でポコポコと生まれていったらいいなと思っています。

──最後に、この記事を読んで「自分も医療を何か少しでも変えてみたい」と思った読者の方々に向けて、メッセージをいただけますか?

桑畑 これまでの小児整形医療の現場で感じた課題を出発点とした中川先生のように、現場での『違和感』を大切にすることが、まずは第一歩じゃないかと思います。既存の医療システムでは不十分だと感じているポイント、病院で働いているときの違和感や課題感を、まず認知するところがスタートでしょう。

中川 病院づくりをするときにはいろいろと優先順位があると思うのですが、僕の中でやっぱり大事にしたかったのは、「患者さん目線」。患者さんが使って気持ちよいと思うものを、まず作りたいと思っているんです。「患者さん目線」と言っているわりには、スタッフの動線が重視されているケースもある中で、それとは異なるアプローチをとりたいんです。

患者さんが本当に求めているものはなにか。そう考えると、病院に通うのを求めているのではなく、病院に通わなくても良くなることがいいはずだとわかりますよね。だから結局は、病院中心の考えから離れることが大事になってくるんじゃないかなと思います。

Text by Masaki Koike, Edit by Kotaro Okada

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