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コト2021.05.28

ストリート・メディカルによる、新しい医療の再定義社会に医療をインストールする。YCD-CDCが問う“Humanity中心”へのパラダイムシフトとは?

人生100年時代ともいわれる超高齢化社会への突入、IT、スマートフォン、モビリティ分野などのテクノロジーの革新、大きな変化と成長の中に、私たちは存在している。

だからこそ、医療もまた次なる飛躍をしていかねばならない。それこそが、人間らしさ(Humanity)の復権を目的とした医療の実現であり、病める場、から、生きる場としての医療の転換である。

そして、そのためには医療の再定義が必要だ、と私たちは考える。

従来医療の手法や場だけではない。アイデアやテクノロジーがぶつかり合うことで日々の暮らしの場で、新たなアプローチがつぎつぎと生み出され医療はよりしなやかになっていく。

私たちが目指すのは、「新しい医療へのアップデート」である。これは、ムーブメントである。

クリエイティブを武器とした新しい医療によって、誰もが、よりよい人生を獲得できる世界を創るための絶え間なく続くムーブメントである


「治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」への再定義」武部貴則 著

「医療」と聞いて、みなさんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか。

注射や点滴? いつも服用する抗生物質? ドラマや映画の影響からか、手術室が浮かんだ人もいるかもしれません。

治療や処置に関する事柄は、医療に対するイメージと密接に結びつくものですが、実は日常生活の中、衣食住の延長線上にこそ「医療」は存在しています。

今回は、再生医学の権威としても著名な武部貴則氏がセンター長を務める、横浜市立大学 コミュニケーション・デザインセンター「YCD-CDC」の西井さんにお話を伺いました。

「ストリート・メディカル」が切り拓く、クリエイティブな医療の未来とは一体?


西井 正造(にしい せいぞう)

研究テーマは、「Street Medical ストリート・メディカル」の普及と人材養成カリキュラム等の開発研究、ヘルスケア分野の課題解決や人々の行動変容を促すための効果的なコミュニケーション戦略の開発調査。

横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター(YCD-CDC)

「広告医学」という独自概念を発展させ、ヘルスケア分野のコミュニケーション課題解決を目指すクリエイティブ研究の拠点。横浜市立大学の先端医科学研究センター内に設立。

医科学研究の拠点においてクリエイティブ研究のための持続可能な開発体制を構築し、  コミュニケーションの力を使って、ひとびとの健康や幸福に寄与すること、ひいては、超高齢社会に対応した新たな社会のあり方を提案することを目指す。


階段を上る動機付けをデザインに落とし込んだ『Another Step Project』や、病院の待ち時間や処置の負担を軽減する『ナイト・アートミュージアム』、神奈川県とコラボレーションした未病啓発プロジェクト『Me-Byo』など、YCD-CDCが実際に社会実装したプロジェクトは数多くあります。

今日に至るまで、どのような歩みがあったのでしょうか。

西井さん

今から15年ほど前、某大学の教育学科で教員だった私は、ひょんなことから横浜市立大学医学部の中で実習を受け持つことになりました。医学生と看護学生がチームを組んで地域に出向き、医療教育をするというカリキュラムの担当でした。当時から「優秀な奴がいる!」と言われていただけあり、武部は私の実習を選択していなかったにも関わらず、その存在を知っていました。

友人を介して私の噂を聞いたのか、彼はたまに私のところへ大したことのない相談をしに来るようになります。

当時、「妊婦のたらいまわし問題」が発生し話題になっていたのですが、「どうしてこういった問題が起きるのか」と、武部は医学部の中を調査するような企画を学園祭で主催して頑張っていました。私もその活動などを少し支援させて頂いていました。

武部が医学科の6年生になる頃、電通さんと博報堂さんが共同で未来課題に関する新しいアイディアを学生から募集していました。そこに、武部が中心になった医学生チームが応募したのです。

彼は学生時代、生活習慣の改善も含め、どう伝えたら患者さんが医学的に正しい行動をとってくれるのか、授業で聞いているだけでは無力だと感じていたそうです。そんな中、広告業界の人たちはメッセージを上手に伝えるノウハウを沢山持っていると感じたことから、広告と医学を上手く融合させることで新しい可能性が生まれるのではないか、と提案したのです。そしてその提案は採択されました。

その後、武部は個人的な活動・研究のように地道に企業さんと組んで「広告医学」活動を続けていました。研究費なども自分で取っていたそうです。その時代には横浜市と連携して「歩きたくなる階段」を作るなど、少しずつ実績が積まれていったのです。

実験的に設置された横浜シーサイドラインの金沢八景駅・市大医学部駅の「上りたくなる階段」(健康階段)

武部さんが再生医学の分野で頭角を現し、段々と著名になったのはこの頃でした。それまで個人で行っていた活動が変化していきます。

西井さん

“今も在籍しているのですが、武部はその時からアメリカのシンシナティ小児病院で再生医学研究を行っていました。アメリカと日本を跨いで活動する中、横浜市立大学から、再生医学と広告医学の活動について切り分けを提起されました。「実装例を生み出せるような組織を大学に作ろう」という動きが生まれ、2018年、コミュニケーション・デザイン・センターが立ち上がりました。”

コミュニケーション・デザイン・センターの設立を機に、武部さんや西井さんは活動の意味を深化していきました。

西井さん

そこまでの取り組みを「広告医学」と呼んでいたことによって認知が広まった部分はあるのですが、広告業界の方から、「広告」という言葉は上から情報を降らせてマス層に向けて情報を提供するイメージがあるのでないか、といった意見がありました。ましてや、人同士の深いコミュニケーション機会の深堀を重視する機運が広告業界にあったようです。「広告医学」という言葉が反って誤解を生んでしまうのではないか、と教えてもらった時に出てきたのが「コミュニケーション・デザイン」という言葉でした。”

YCD-CDCに設定されたプロトタイピングラボ

ストリート・メディカルとは

医療において扱うべき対象が病(Disease)から人(Humanity)にシフトしたことによって生じた領域。古典的な臨床医学の範囲を超えて、人を扱うことによって広がる拡張領域。従来の医療(Medical)領域では内科的・外科的治療によって介入手法が中心に研究されてきたが、日々の生活におけるすべてのタッチポイントが、その実践領域になり得る。人がより良く生きるための実践であり、人々の生活環境や人生における文脈までを、その対象に捉える。また、デザインや広告の手法で医療を伝えること。

「治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」への再定義」武部貴則 著

西井さん

センターを立ち上げた最初の年は、「自分たちは何なのか」をどこかでしっかり語れるような形にしておかないと人は巻き込めないのではないか、と議論になりました。有識者の方々と対話をする中で「ストリート・メディカル」という概念を作りました。

私たちも、まだこの言葉が完璧に良い言葉だと自信をもっているわけではないのですが、やろうとしていることは「医療の日常化」など、病院を出て生活の中に医療を落とし込むこと、もしくは反対に病院の中をストリート化、つまり日常らしくすることです。1、2年目はそういった概念を作り、あとは事例を沢山積み重ねていきました。

いよいよ組織として走り出したコミュニケーション・デザイン・センター。ストリート・メディカルの実装を本格的に試ると、そこにも新たな気づきや苦労、そして成果がありました。

西井さん

デザインと医療、それぞれの専門家の方々の間に、コミュニケーション・デザイン・センターとして入っていく時、当然ながらクリエイターやデザイナーの方々は、アウトプットの質に対して気概を持っていらっしゃいます。しかし、病院の中でできることとは、いつもどうしてもずれてしまうのです。病院の方も、過度に心配する部分が確かにあります。私自身、「そこまで心配する必要ないのではないか」と感じることもありました。倫理員会まで行かずとも、事務系の人ですら積極的な人と、立場上保守的にならざるを得ない人も沢山いらっしゃり、承認が通った後、上に上がっていくうちに企画案が覆ってしまうこともあります。そんな時、私たちはデザイン(提案)側と医療(現場)側に板挟みになる場面がとても多い仕事でした。間に入って関わったメンバーは泣いていました。単純に折衷案に着地するわけにもいきません。また、どうしても現場の方も意見の方が強くなってしまうこともあるため、自分たちなりに解決を細かくしていきました

医療者の方々も、最初は何を言っているのか分からず「遊ぶなよ…」と思ったのではないでしょうか。しかし、実際に形になってみると、「あ、こういうことか」と、理解してくださいました。他の病院の勤務されている情報を得た方たちから「うちの病院でもできませんか」と声をかけてくださるようになったのは、やはり大学病院という最も融通の利かなそうな場所で挑戦をしたからこそだと感じます。

私たちは、医学の基礎研究のように多くの先人たちやの豊富な実績が積まれた世界にいるわけではありません。ましてや企業さんが興味を持ってくれるような収益化が見えるような取組みばかりでもありません。それでもこれまで置き去りにされていた医療や医学の未踏課題を解決すべく「良いだろう」と思うものをとにかく自分たちでチャレンジしながら色々とやってみながら事例を作っていく、証拠を作っていくということが、自分たちの使命だと思っています。

変革を起こしていく人材や組織に共通点や条件があるとすれば、それはどういったことでしょうか。西井さんはこう考えます。

西井さん

手前みそではあるのですが、武部は研究領域でイノベーションを起こしている人だと思うのです。元教え子が今は上司という状況ですが…。武部のように、普通だったら掛け合わせられないようなことをあえて繋いでみて、そこに変にリミッターをかけずにとりあえずやってみる。失敗だと思ったら、撤退も早いのです。動かしてみて、「これは面白いな」と思ったものを伸ばしていく、といったことを武部はやっています。そういったことがイノベーションを生みやすいのではないでしょうか。0から1を作るというより、今までにない組み合わせを楽しんでしまうのです。さらに、楽しんだ後、ずっと引きずらないこともイノベーションには大事なのではないか、と思います。

私たちとしては、色んな企画を走りながら、「これはもしかしたら途中で駄目と言われるかもしれない」と思って切なくなる時もあるのですが、撤退の判断が入らないと、反ってズルズル進んでしまう場合もあります。そのため、トライ・アンド・エラーのサイクルや評価をなるべく早く、簡易にすることが上手くいく手法ではないか、と武部を透かして自分たちの活動を思うのです。

ストリート・メディカルの教育について

エビデンス・ベースド・デザイン(EbD)の医療を背景に、次世代の医療者たちはブックスマート型の教育を受けてきたが、エビデンスは細分化し増え続ける。一方、ストリート・スマート型教育は学歴がなくとも実体験や現場(=ストリート)を通じて色々なことを学ぶ。 

「治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」への再定義」武部貴則 著

YCD-CDCのファンクションの一部である「スクール」では、医療とデザインの架け橋となる人材を育成します。座学よりも実践を重視するストリート・メディカルにおいて、教育は最も大事なことだと言います。

西井さん

1年サイクルのプログラムに集まった20名くらいの学生さんに対しては、「ミニ講義」や「ワークショップ」を行う中に、医療業界のルールや薬機法などの法律は一生懸命に教えるようにしています。学生さんたちは「こんなことまで考えないといけないのか」と思ったかもしれませんが、イノベーション(変革)とルール(保守)が調和された状態で、制約のある中で良いモノを作るというコンセプトで向き合っています。

学生さんには医療側からデザインに興味を持つ人もいましたし、デザイナーとして医療側に興味を持つ人もいました。それぞれ狙いは異なるのですが、医療従事者の人たちには、新しいことを生み出すクリエイターの方々の発想を学んだ医療従事者になって欲しいと思います仮に自分で形にできなかったとしても、発想を知る医療従事者が世の中に沢山散らばっていけば、よりデザインが受け入れやすい環境を作れます。一方、私の感覚でいうと、とくにクリエイターの方は必ずしも健康や医療に興味があるというだけではなく、医療を「フロンティア(未開拓の場所)」として、「もしかしたら自分たちの創作活動が効力を発揮する場面があるのではないか」と期待を寄せてくれている印象です。デザイナーさんやクリエイターさんの卵は医療側の事情を知ることで、将来作り出すものが、ある意味調和のとれた状態で提案できるのではないか、と思います。

ともすればエビデンス至上、あるいは対処療法的な解決に思考が偏りやすい医療の世界。しかし、EBM(根拠に基づく医療)では拾い切れない非・医療的な側面への気づきと仕掛けが、これからの時代には必要なのかもしれません。

“Creativity for Cure” 「医療が社会を変える」

ストリート・メディカルの軸にあるクリエイティビティは、医療の本来の目的であるヒューマニズムの再帰を思わせます。

YCD-CDCのスクールから数多くの人材が旅立ち、豊かなアイデアで満たされた医療をつくる。こんなにワクワクする未来があるのなら、なんだか人生100年時代が楽しみになってきませんか?

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