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モノ2023.06.15

mctデザイン思考事例 vol.02 共感から生まれるデザイン病院に“情緒的愛着”を持ってもらうための仕掛けづくり

工業デザイナーのPatricia Mooreは26歳のとき、北米の高齢者のライフスタイルを理解するために特殊メイクや不揃いの靴で85歳前後の高齢の女性に変装して3年間過ごしました。彼女は、高齢者が日常生活をどのように管理しているかを体験することでデザインのヒントを得ようとしたのです。想定していたのは身体的制限による不自由さの体験でしたが、彼女を最も驚かせたのは、老人になることで20代の女性とは異なる扱いを受け、精神的な苦痛も経験したことです。彼女の経験は、現在の社会で一般的に使われている『ユニバーサル・デザイン』が生まれるきっかけとなりました。 1)参照:「私は3年間老人だった」

病院では、患者さんは無意識のうちに五感で何らかの「手がかり」を探しています。その手がかりが無意識のうちに患者さんの感情を動かし、態度を方向づけ、行動を決定するのです。患者さんの経験を深く理解するには、合理的で意識的に判断される「機能的手がかり」だけではなく、感情的で無意識的に判断される「物理的手がかり」「人間的手がかり」に基づき、「どんな気持ちになってもらうことをめざすか」を考えることが大切になります。

これからご紹介する2つのオフィス家具メーカーの取り組みは、一見全く異なるアプローチですが、患者さんが探している「情緒的手がかり」をヒントに、改善のためのアイディアを提案した事例です。

1.患者の待ち時間をデザインする

1つ目のオフィス家具メーカーによる新たな取り組みは、多くの患者さんが医療行為そのものではなく待ち時間に対する不満を抱えていることに着目し、自社の強みであるHuman- Centered Designのノウハウを活かし患者さんの待ち時間をデザインすることでした。まずは患者さんに対するデプスインタビューを実施し、分析結果から症状や来院頻度、待っている時の感情といった切り口で3つのペルソナを設定しました。「来院回数が少なく、不安がつのるタイプA」「いらいらしているタイプB」、「来院回数が多く、退屈しているタイプC」。それぞれに異なるニーズがあるため、ペルソナごとに空間デザインを定義しました。

「待ち時間をできるだけ効率的に過ごしたい消極的な患者さん」のためには、適切な場所に案内してくれる道案内のシステムを導入することにしました。一方、「待ち時間を楽しみたい積極的な患者さん(症状は比較的軽い)」のためにはロビー空間の一角を利用した、癒しのスペースをデザインすることにしました。くつろぐことのできる家具やグリーンが配された空間、ヒーリングミュージックなど、安らぎを与えるエレメントを適切にコーディネートすることにしたのです。

それぞれのペルソナに最適化された待ち方の提案により、患者さんが居心地の良さを感じ、病院からサポートされている、大切にされていると思えるようなデザインにつなげることができました。

デザインの過程では、コンセプトからプロトタイプ(※1)を繰り返し作り、チームで話しあってブラッシュアップをしたり、患者さんに見せて検証しました。機能・感情の2つの側面からフィードバックを受け、患者さんのインタラクションデザインクライテリア(※2)エモーショナルデザインクライテリア(※3)を作成し、ブラッシュアップを繰り返すことで、患者さんの経験全体をデザインすることができました。

2.入院患者の安心感を醸成するために、看護師の経験をデザインする

2つ目のオフィス家具メーカーによる新たな取り組みは、病棟における患者さんの体験を改善することでした。デザインチームはまず、ナースステーションや病室、水回りなどあらゆるタッチポイントを24時間観察しました。その結果、患者さんはナースコールの対応が遅いと感じ、それにより看護師を探さなければならないと感じていることがわかりました。そこでデザインチームは、(看護師‐患者間の)コミュニケーション改善のためのツールデザインを考えることにしました。

看護師が患者さんの情報を管理するために使っていたツールは主に、ナースステーションのホワイトボード、手書きメモ、そしてナースカート上でのPCでした。

分散した管理方法を知ったチームは、リムーバブルなナースカートを開発することで、看護師がナースステーションに留まらずに、患者さんや他の医療従事者との円滑なコミュニケーションに時間を使うことができると考えました。こうして、看護師の活動のコアとなるようなナースカートのリデザインにフォーカスすることにしたのです。

新しいカートは病室や廊下での業務をスムーズに行えるよう、看護師の身体的疲労を軽減させるデザインとなりました。何度もナースステーションに戻ることなく、病室にいる間にカート上でデータ入力業務を完結できるようになったことで、看護師は以前より心の余裕を持って患者さんとのコミュニケーションに没頭できるようになりました。また、看護師がナースステーションに滞在する時間を減らすことができたため、看護師と患者さんがお互いに探し合うこともなくなりました。看護師が患者さんのケアに時間を取ることができるようになり、コミュニケーションの質も高まる結果になったのです。

オフィスメーカーによるデザインはそれぞれ、通院患者さん、入院患者さんに対する2つの異なるアプローチでしたが、どちらも患者さんの不安を取り除き、医療従事者と患者さんをつなげるエモーショナルアタッチメント(情緒的愛着)を向上させる取り組みとなりました。通院患者さんは間接的に医療関係者の(患者さんに対する)思いやりを感じ、入院患者さんは直接的な医療従事者とのコミュニケーションから安心感を得ることができたのです。

≪注

※1 プロトタイプ:製品やサービスの試作品。開発の初期段階に試作モデルを作り、機能や操作性を確認し、ユーザーの要求や評価を反映して完成させる。

※2 インタラクションデザインクライテリア:ユーザーの「行動の流れ」をビジュアル化し、タッチポイントにおける課題や期待を明らかにしたもの。

※3 モーショナルデザインクライテリア:ペルソナにとって重要なキーワード(言語要素)、カラースキーム(色彩的要素)、イメージビジュアル(心象要素)をビジュアル化し、「そのデザインはペルソナにとって適切か?」情緒的な側面で判断する指針となるもの。

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