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コト2023.07.13

海外レポ;テキサス州立大学Tamie Glass教授インタビュー(前半)“デザイン思考の最後のフロンティア”を開拓する ― テキサス州立大学におけるコ・クリエーションの取り組み

アメリカ各地の医療機関では近年、診察のプロセスを再考したり、外来患者が訪れるロビーや診察室の空間デザインを新たな視点で検討したりといったヘルスケア・デザインの動きが盛んに見られます。

しかし、テキサス州立大学オースティン校芸術学部のデザインおよびクリエイティブ・テクノロジー科で教鞭を執るタミー・グラスさんは、「ヘルスケア・デザインはまだまだ若い分野」だと語ります。一部の先進的な医療機関ではその重要性を理解しているものの、多くはヘルスケア・デザインという考え方にまだ馴染みがないのが現状なのです。現状を観察し、そこにある問題点を見つけ、解決策を考えてプロトタイプ(試作)を作って実験し、そのフィードバックを得てさらに優れた解決策を探求していく。こうしたデザイン思考の方法論は、一般の製品開発や顧客のエクスペリエンスなど今や多くの領域で利用されるようになっています。そうした中で、医療分野は「デザイン思考の最後のフロンティア」だとグラスさんは言います。医療は、病を抱えた人を癒すと同時に社会一般に大きな影響を持つ分野です。ここでデザイン思考が実践されれば、人々の暮らしを豊かに向上させることが期待されます。先端的な医療関係者の間でヘルスケア・デザインの考え方が共有され、さまざまなチームがこれに取り掛かっている背景には、そうした社会の課題への意識があるのです。

グラスさんは、医療分野での意識を変えるには教育の役割が大きいと強調します。グラスさんがテキサス州立大学オースティン校芸術学部で率いているのは、大学院レベルの「ヘルスケア・デザイン」コースです。このようなヘルスケアに特化したデザインコースは、全米を見渡してもあまり例がありません。ここでは、デザインを目指す学生と医学生らが共にヘルスケア・デザインの方法論を学び、実際のプロジェクトを通して医療関係者らと協働します。それによって、机上の学問を超えて現実に向き合える新世代のデザイナーと医療従事者が育っていくことを目指しているのです。その内容をご紹介する前に、同コースが生まれた背景に少し触れましょう。

実は、テキサス州立大学オースティン校には非常にユニークなヘルスケア・デザインの歩みがありました。同校に医学部が設けられたのは2015年と、比較的最近のことです。同学部は、デル・コンピュータの創設者が設立したマイケル&スーザン・デル財団の寄付によって「デル・メディカルスクール(通称「デルメッド」)」と命名されました。このデルメッドの初代学長に就任したクレイ・ジョンストン医学博士が、医療におけるデザインの重要性を知っていた人物だったのです。グラスさんはこう説明します。

「ジョンストン博士は、医療とデザインが同等に大切なことであると認識していました。そして、大学病院と教育の両方においてデザイン思考を動力としなければならないと考え、医学部と芸術学部が提携する『医療のためのデザイン研究所』を作ったのです」。

この研究所は、2015年から2022年まで活動を続けます。研究所には、デザインコンサルファームのIDEOで医療関連のデザインに関わっていたデザイナーらが参画しました。「医療現場にデザイン思考を持ち込むという、先端的なビジョンがあったからこそ起こったこと」とグラスさんは言います。アメリカの大学医学部の間でも、このような試みがなされたのは非常に珍しいと言えます。

医療のためのデザイン研究所は、当初同大学病院内のプロジェクトを手掛けていましたが、その活動が注目されるにつれて外部や外国の医療機関のためにもコンサルティングを行うようになります。当時行われたプロジェクトを少し紹介しましょう。

「待合室をなくす」というのは、医療現場にとっては驚くべきプロジェクトでしょう。病院に待合室があるのは当たり前だからです。しかし、テキサス州立大学オースティン校病院で行われたこのプロジェクトでは、医療提供者側の生産性が優先されるあまり、患者のエクスペリエンスが軽視されている事実に着目しました。その実態を詳細に分析し、診察や検査時間の調整に加え、患者が一室に留まって逆に医療提供者が効率的に移動することを発案します。その結果として、待合室の代わりに、最小限の待合スペースを診察室の外部に設けるという実験が行われました。

また州立オースティン精神病院の改築に際して行われたのは、長期にわたって脳の健康を守りながら、緊急の症状にも対処できるような病院のあり方を探るプロジェクトでした。このためのリサーチにはほぼ1年かかったといいます。精神疾患を抱える患者を隔離したり、ともかく症状を抑えるための治療を行ったりするのではなく、より長期的に脳科学の観点から良質のケアを目指すことによって、空間のあり方もエクスペリエンスも一新されたという例です。

このデルメッドの医療のためのデザイン研究所の活動は、2022年に同大学芸術学部デザインおよびクリエイティブ・テクノロジー科に引き継がれます。引き継がれた理由は、デザイン研究所の閉鎖が決定された以降も、医学部の学生のデザインに関する関心が高く、問い合わせが続いたことです。医学部は4年間のプログラムですが、その3年目、レジデンシーに入る前に他学部の単位を取ることでそこでも学位が獲得できます。その一つとして、デザインの学位取得も学生たちの関心ごとだったのです。

その結果、現在はここで芸術学部の大学院生と医学生ら両方が関わるプロジェクトが進められています。また一方で、デザイン学部の学生がこのプログラムを経ることで医学部へ移籍するというケースもあるそうです。海外の医師がこの大学院コースに来ることもあり、これまでインドやメキシコからの医師を迎え入れたとのことです。

さて、大学院コースでは1学期16週間でプロジェクトを進めます。ここでは実際にどんなプロジェクトが行われるのでしょうか。グラスさんの説明を聞きましょう。

「最初は小さなスケールのプロジェクトから始めます。進むにつれ、そのスケールも拡大し複雑性も増し、卒業プロジェクトではどちらも最大になるように考えられています。最初はデザイン思考を理解することが課題で、その後リサーチ、発見、発案、プロトタイピング、テストという過程全体を健康や医療ケア分野を対象に行うのです」。

プロジェクトの例としては、次のようなものがあります。

デル小児病院には、先天性心臓疾患を抱えて生まれてきた赤ちゃんが多く入院しています。そうした乳児が退院した後、家ではどんなケアが必要になるのか。同病院では、それを正しく伝える方法を求めていました。そこでプロジェクトでは、退院手続きの一環として親や家族に情報を伝え、訓練ができるようなプログラムを考えました。学生たちは実際に病院に出向いて、さまざまな状況下でどんなプロトコルが必要になるのかを学び、家族が参考にできるビデオや資料のセットを提案しました。提案の際に行われたプレゼンテーションには医師たちも参加し、この提案は関係者の参考になったはずです。

「資料一式」と言ってしまえば簡単ですが、デザイン思考を用いて状況を詳細にわたって観察し、問題点を抽出してプロトタイピングを経て作られた退院キットは、それとは全く別のものと言えます。デザイナーの手によってわかりやすくレイアウトされることも、正しい情報が伝わりやすくなります。

もう一つ別のプロジェクトは、多分に実験的なものとして進められました。それは、コロナ禍中にスーパーマーケットの車寄せで、医師によるプライマリーケア(家庭医などによる一次診察)を行うためのエクスペリエンスを考えるというものです。コロナ禍中は、自動車の中に居ながらにしてあらかじめ注文した食品を車寄せで受け取るということが当たり前になりましたが、医療も安全に行うためにはこのような方法をとるのが相応しいのではないかというアイデアから始まったものです。もとより、スーパーマーケットチェーンの中には、最初は自社スタッフに、その後は一般消費者に向けて医療サービスを提供し始めたところもあり、これはそんな新しい状況に合わせたプロジェクトでした。

このプロジェクトでは、車でスーパーマーケットに近づいた後、プライマリーケアの場所をどう見つけるのか、そこへ到着した後、医師がどう近づいてくるのかなど、ジャーニーの一つ一つのステップが細かく検討されています。オースティンの一部は、日常の食料を入手するのに長い距離を運転したりバスに乗ったりしなければならない、いわゆる「フード・デザート(食料砂漠)」と呼ばれる地域でもあるため、このプロジェクトは医療と食料を同時に捉えるという社会的な課題も担っていました。

「この二つのプロジェクト例からわかるように、このコースで扱うのは焦点を絞った医療現場の課題もあれば、地域の健康を左右する社会的環境に関する課題であることもあります。時には、かなりブルースカイ的(実験的)なものにもなるのです」。

さらにもう一つの例は、もっと趣を異にするものです。それは、町外れの農村部で図書館をメンタルヘルスのためのコミュニティセンターにするにはどうすればいいかを考えるプロジェクトです。アメリカには深刻なアヘン中毒問題があり、それは広い人口に及んでいます。新たな施設を作るのではなく、すでに津々浦々のコミュニティーに存在する図書館を、幅広い人口にリーチするためのハブにできないかを検討するというものです。こうしたプロジェクト例から、デザイン思考ならではの革新的なアイデアが編み出されていることが感じられます。これまでの方法に縛られず、より良いエクスペリエンスを実現するにはどうすればいいか。従来の垣根を超えたところで解決策が模索されているのです。

student work 例

将来、ヘルスケア・デザインに携わる人材を育てるプログラムがここで設けられており、これは日本の医療業界にとっても参考になることが多くあると思われます。学生時代に、医療現場や社会を向上させるための意識を養い、そのために現実を観察したエビデンスベースのアプローチを行う。そしてデザイン思考の方法論に基づいて、関係者とも関わってフィードバックを得ながらより良い解決策を探っていくのです。独りよがりでない視点と方法を持つことは、アイデアを実行可能なものにする大切なポイントでしょう。

それでは、教育という環境でふさわしいプロジェクトはどのような基準で決められているのでしょうか。

「まずはリアルなプロジェクトであることです。そのためには、タイミングが重要です。来年にならないと実現しないようなものではなく、プロジェクトと同時進行しているような状況を捉える必要があります。また、スケールも重要です。コースの期間内に何らかの結果が見られるようなものです。もちろん、問題を全て解決することはできませんし、プロジェクトを進めている間に新しい問題を発見することもあるでしょう」。

これは、実際の医療現場で行われるプロジェクトにも通じる点ではないでしょうか。取り組む対象を定義することの大切さです。グラスさんはまた、「プロジェクトの幅」も重要だと言います。実際、このコースには多様なバックグラウンドを持つ学生が集まっていることもその理由ですが、彼らが今後どんな仕事に就きたいかというキャリアのゴールもさまざまだからです。どの学生も、自分に何らかの関係があることが感じられるものを選択できる幅が必要です。

グラスさんによると、2023年度は実際に大学病院の医療現場の中に入り込んで、病院側と緊密な関係を持ちながらプロジェクトを行う計画であると教えてくれました。こうしたプロジェクトでは、患者のエクスペリエンスの質を向上させるのはもちろんのこと、それはひいては医師ら現場の関係者らの仕事の質を向上させることにつながります。

しかし、現場で忙しく働く彼らにプロジェクトに深く関わってもらうのは、簡単なことではないはずです。それをどう可能にしているのか、そして今後あるべきヘルスケア・デザインの姿とは、必要とされる人材とはどんなものでしょうか。それらを後編でお伝えします。

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