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コト2024.03.07

「けいじゅヘルスケアシステム」が実践する「生きる」を応援するサービスの生み出し方

このたびの令和6年能登半島地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。被害を受けられた皆様の安全と1日でも早く平穏な生活に戻られますことを心よりお祈り申し上げます。この記事は2023年12月5日の取材を基に作成しています。

近年、地域医療体制()の維持のための構想が国をあげて協議されています。石川県七尾市の「恵寿総合病院」では、地域のニーズをくみとるだけでなく、さらにその先を読み、地域医療を支えるサービスを提供してきました。医療・介護・福祉をひとつのサービスでつなげる「けいじゅヘルスケアシステム」は、地域包括ケアサービスのひとつの理想形といえるでしょう。「けいじゅヘルスケアシステム」理事長である神野正博さんとチーフデザインオフィサー(CDO)である神野厚美さんに、システム始動の背景や思い、計画や工夫、地域医療の将来などについてお話を伺いしました。

医療・福祉・介護・保険をシームレスにつなぎ、利用できる仕組みを

──「けいじゅヘルスケアシステム」では、ICTを活用して、医療をはじめ介護・福祉・生活支援まで、幅広い範囲でサービスを提供しています。誕生の経緯について教えてください。

神野理事長 石川県能登地域は、おそらく全国よりも早く少子高齢化を迎える地域の一つです。そこで、医療だけではなく、その前後にある介護も含めて統合を図る必要がある。そしてそれは、私たちが生き残るための事業戦略でもあると考えたのが始まりです。サービス名称を「けいじゅヘルスケアシステム」とし、我々の社会医療法人と社会福祉法人に一体感をもたせました。そして、その傘のもとであれば全施設を同じIDで利用できる、というシステムを構築したのです。2000年には、「けいじゅヘルスケアシステム」のコールセンターを始動させました。我々のサービスのご利用者であれば、医療・介護・福祉を問わず、電話1本で予約やキャンセル・問い合わせをしていただけます。これが私たちの「サービス一体化」の、一番わかりやすい形ではないでしょうか。「けいじゅヘルスケアシステム」は、CRM(Customer Relationship Management)です。患者さんのことを十分に把握しているからこそ、とことんサービスを提供することができる。我々を信頼してくださる方には徹底的にお応えする、というのが私たちのスタンスです。私たちにとっても都度情報を検索する手間が省け、業務効率化にもつながります。

──「けいじゅヘルスケアシステム」は、外部の法人とも連携しているのですか?

神野理事長 他の法人との連携は、難しいのが実情です。しかし、その一旦を担う「カルテコ」というサービスを導入しています。患者さんがご自身の責任で、鍼灸院でMRIを見せたり、フィットネスクラブでコレステロール値を見せたりできるように、システム内に診療記録や検診結果が集約されます。さまざまな医療機関やサービスが患者さんを媒体にしてこれを共有する。国が実現を目指すPHR(personal health record)や全国医療情報プラットフォームの先駆けのようなサービスです。

建物と仕組みを再構築し、患者さんと職員、双方への利便性を改善

──恵寿総合病院といえば、2017年にグッドデザイン特別賞を受賞したユニバーサルが有名です。とてもユニークは発想ですね。

神野理事長 限られた面積の中で病室や手術室を広くしようとすると外来に皺寄せがくるという当時の状況と、今ある診療科が、10年後・20年後にもあるかどうかはわからないという将来的な予測。それらを総合的に考えて辿り着いたのが、ユニバーサル外来でした。

神野CDO 外来の科は日によって異なるため、まるで列車のダイヤのように細かくスケジュールが組まれています。「この診療室はこの科・この医師」と固定されておらず、医師が診療室を渡り歩く、フリーアドレスです。そのためになくてはならなかったのが、仮想化環境の電子カルテです。1患者・1IDのカルテを仮想化環境に置き、同時に、医師をはじめとする全職員もIDで管理。どの診療室からも、パソコンを介して患者さんの情報をストレスなく取り出せるようにしました。1つの診療室に医師事務作業補助者を1人つけたことで、医師が部屋を移っても診療はとてもスムーズです。医師事務作業補助者が、科に応じて必要なものを準備するので、医師は診療に集中することができるのです。

──ユニバーサル外来による、患者さんへのメリットはどんなものがありますか?

神野CDO 歩く距離がグッと短くなったと思います。科ごとの診察室をもたず集約・共有することで、動線がとても短くなりました。これは、職員にとってのメリットでもありますね。また、ユニバーサル外来は、患者さんがどの診療科を訪れたのかわからない、というのも特長です。プライバシーへの配慮という側面は、グッドデザイン賞受賞の際にも評価された点でした。

フリーアドレス診療科に設けられた受付は1ヶ所のみ、患者さんが迷うことがなく動線もスムーズ。特殊な設備を必要とする診療科は別に配置

──ユニバーサル外来の運用にあたって、タスクシフトも積極的に行ったのですか?

神野CDO そうですね。看護師不足は10年前から感じていましたから、1人でも多くの看護師を病棟へ回せるよう、徐々にタスクシフトを進めてきました。ユニバーサル外来導入時には、例えば中央処置室と化学療法室を隣り合わせに設計し、そこに看護師を集中配置しました。ユニバーサル外来後方のバックヤードには、看護師は1人しかいません。診療室では、7〜8室に1人。看護師以外が担える仕事は、医師事務作業補助者や看護補助者が行うようタスクシフトしました。そうすることで、看護師不足に対応しています。

内製でスピーディにシンプルに。自分たちのブランド価値を伝えたい

──ところで、神野さんはチーフ・デザイン・オフィサーとして、「デザイン経営」の中心的な役割を担われています。

神野CDO 病棟設計の際、私は設計・建築の担当者でした。その時にハードだけでなく、院内の運用を全て洗い出して組み立て直す「業務デザイン」を行いました。それがひと段落してからは、理事長が示す方向性を、職員全体へ知らせるための仕組みづくりに注力しました。グッドデザイン賞やサービス大賞、国際病院連盟賞などへの応募は、その足掛かりでした。まずは、自分たちが働いている建物の価値を見える化して、職員へ伝えたいと思ったんです。それ以降、仕組みから患者さん向けの冊子や職員用のツールまで、幅広く制作しています。単にパンフレットを作る・壁の色を決めるということではなく、仕事の本質を突き詰めて考え、デザインへアウトプットします。こうした「トータルデザイン」は、内部に精通した者でないと難しいかもしれません。

──建築・意匠だけでなく、経営自体をデザインするんですね。

神野CDO 例えば、中期事業計画の作成もデザインの一部です。現状分析から着手し、情報を理解して図にまとめる・コンテンツを細分化する・現場と連携を図るなどの過程が不可欠ですので、全て内製です。短期間で制作できるのも、内製の大きなメリットです。コロナウイルス感染拡大の際、施設内の換気設備一覧を106ページにまとめた冊子を、約1週間で制作しました。非常時に、職員が少しでも安心して働けるよう、一刻も早く知らせたかった。それには、内製化しかありませんでした。

──内製だからこそのスピード感ですね。「デザイン経営」といえる取り組みは、他にも?

神野CDO eラーニングのカリキュラム設計でしょうか。独自の評価制度やBCP(事業継続計画)・労務管理など約40項目で構成されていて、1講座約20分。パートの方たちも含めた全職員が履修します。以前は集合して映像を見ていましたが、eラーニングなら、後から見直したり、今知りたい!という時に見ることができると、評価されています。

──内製にこだわり、見える化を徹底されている理由を教えてください。

神野CDO トップが示す方向性や理念は、トップに近い者が伝えるのが良いと考えています。私たちは法人の中にある部門なので、理事長の本音のところまで探って職員へ伝えることができます。また、「みなさんの仕事はすごいんだよ」と知ってほしい、という思いもあります。それが励みや誇りになりますから。さらにはそれを地元の方達にも知っていただきたくて、手を替え品を替え伝えています。まだまだだな、と感じることもありますが。

目下の注力テーマはデータ活用 

好奇心をもって、恐れることなく挑戦する

──神野理事長は、常に業界内で一歩先を進んでいる印象です。その発想はどこからくるのでしょうか。

神野理事長 一般企業がどんな取り組みをしているか、というのが私の発想の源です。好奇心をもって世の中を見渡して、「これを医療に入れたらどうなる?」といつも考えています。全国で初めて病院内にコンビニが入ったのは実は、恵寿総合病院です。これも、「コンビニを病院に入れたらどうなる?」と考えたのが発端です。また私たちは、全国に先駆けて94年からSPD(院内物流管理システム)を導入していますが、始まりは、「スーパーマーケットのシステムを病院に入れたらどうなる?」という私の好奇心でした。

──新しいことにスピード感をもってチャレンジしてこられた神野理事長が、今後注力したいことは何でしょう?

神野理事長 データ活用ですね。今年4月に、「データセンター」を設立しました。その中の「DATA LAB」は、院内のデータを集約して見える化する部署ですが、職員は全員リスキリングした人たちです。データを扱うことが得意な元看護師や元放射線技師、元理学療法士らが集まっています。ここ1,2年、RPA(Robotic Process Automation)も取り入れてさまざまなデータを見える化し、当法人の強み・弱みの把握に活用しています。例えば、患者さんの退院・転院のタイミングを、データというエビデンスをもって見える化しています。これにより、かつては約15日だった在院日数が、今では10日を切っています。ベストな時にベストなところで治療や介護が受けられ、患者さんにとってもハッピーだと言えるでしょう。これは、私たちの生き残り戦略でもあります。医師・看護師・職員だけでなく、患者さんも不足してきている今、「早く治って退院できる」というのは、私たちの大きなアドバンテージとなります。

──RPAを活用して、他にはどんな業務を進めたいとお考えですか?

神野理事長 人間にとっては面倒臭くて時間がかかることを、ロボットなら24時間365日、正確にやり続けてくれますよね。しかも、結果をデータとして共有することも容易ですから、できるといいなと思いながら手が回っていなかった仕事を、ロボットに担わせます。例えば、CTの所見の中から「癌の疑い」「腫瘍」など特定の単語をロボットがピックアップすれば、万が一の見落としも防げるでしょう。医療だけでなく介護でも、RPAを活用する余地はまだまだあると考えています。

「3つのR」で変わり続けることが、生き残る方術になる

──今後、「けいじゅヘルスケアシステム」が目指す形を教えてください。

神野理事長 3つのRを推し進めます。まずは「リデザイン(Re-design)」。これは、絶えず仕事の中身を見直すということ。置かれる状況や求められることは、時代とともに変わります。今のベストが、来年のベストかはわかりませんから、デザインの刷新は常に必要でしょう。2つ目が「リダクション(Reduction)」。削減です。情報も方法も増える一方ですから、常に棚卸をし、今やっていることは本当に必要なのかを見極める。「捨てる勇気」をもたなくてはいけません。例えば、患者さんの退院時に看護師が書くサマリー。当法人ではすでに、生成AIに書かせるためのプロジェクトが始動しています。そして最後のRが、「リスキリング(Re-skilling)」。キャリアチェンジする・今の職種をスキルアップする・資格を取得する、などを積極的にフォローします。先ほどお話しした「DATA LAB」の職員のことも含まれるでしょう。この3つのRを、今後もっともっと進めていかなくてはいけない。「けいじゅヘルスケアシステム」は「『生きる』を応援する」をミッションに掲げています。この実現には、提供する側の我々がシステムや体制を不断なく変えていくことが不可欠です。

──「リスキリング」に関して、学び直しなどはどのように促していますか?

神野理事長 多くの病院が、データを扱える人がいないと嘆いています。それなら、すでにいる人に「データを扱える人」へとキャリアチェンジしてもらえばいいじゃないですか。医療を知っている放射線技師や看護師が医療に関するデータを扱えば、そのデータがもつ意味合いまで理解できる。これは、とても強みになると思いませんか。

DX活用を強みに、地域に必要とされる存在であり続けたい

──「けいじゅヘルスケアシステム」を今後も、患者・地域、そして職員にとって価値あるものにするためには、DXの推進は必須だとお考えですか?

神野理事長 DX経営という手段を用いて目指すのは、少ない人手でもゆとりをもって仕事ができることです。医療・介護の担い手が減りつつある今、ロボットやデジタル機器を駆使することも含め、DX戦略は欠かせません。我々が「けいじゅヘルスケアシステム」でデータを見える化し、患者さんや利用者さんの流れを把握・コントロールしようしていることも、この一環です。

──「けいじゅヘルスケアシステム」始動から30年経ちますが、どんな成果を感じていますか?

神野理事長 成果は、この病院が“ちゃんと生きている”ということです。人口は少なく競合は多いのだから、放っておいたら医療施設は消滅してしまう。恵寿総合病院が今もここにあるということ自体が、長年取り組みを重ねてきた成果だと思っています。日本の人口は減っていますが、当院の新入院患者数は増えています。これは、我々が支持されていることの最たる証拠でしょう。来年、当法人は90周年を迎えます。絶えずリニューアルしてきたから、ブランドを保つことができたのだと思います。

──地域で、揺るぎない安心感・信頼感を築いているのは、長年続けてこられたからこそですね。最後に、神野理事長が思い描く「理想の病院像」を教えてください。

神野理事長 患者さんも職員も明るい病院。これに尽きると思います。病気なのにニコニコなの?と言われそうですが(笑)、ここにいる人みんなが前向きになれる。そんな病院、そして仕組みづくりを続けていきたいですね。

今後の人口減少や高齢化、労働力人口減少を見据え、質の高い医療を効率的に提供できるよう、病床の機能分化や連携を進め、効率的な医療体制を実現する取り組みを国が推進しています。

Text by Kayo Miyago, Edit by Mie Takahashi

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