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コト2023.10.23

日本人間工学会 第64回大会 事務局企画特別講演“理想の病院づくり”を問い、仮説検証していくプラットフォーム『HCD-HUB』の活動

9月初旬、千葉大学けやき会館にて日本人間工学会 第64回大会が開催されました。当メディア編集長の辻麻友(株式会社セントラルユニ)が事務局特別講演に登壇し、ウェルビーイングと人間工学について『HCD-HUB』- 理想の病院づくり”を問う活動 – の視点から論じました。

“余白”のない空間への違和感と病院のリフレーミング

建築家の山崎健太郎氏は医療デザインサミット2022の講演で、一般的な病棟と監獄の酷似した図面を提示し、(ホスピスの設計において) 遺されたご家族が立ち止まって心を整理する行為が許されない構造であることを指摘されました。同じく建築家の三谷恭一氏は、建築総合誌『近代建築』 に寄せた随筆に、「(病院を)『ホテルのような空間』と形容する時、それは褒め言葉ではあるが、ホテルは非日常的な体験が魅力であり、目的である。一方で病院は、ユーザーがそこに来た時点、あるいは『病気かもしれない』と思った時点で、日常的な感覚から乖離し不安を抱く。」 と綴っています。(※1) 

病院は、生老病死に直面することを前提として、深い洞察と配慮の基に設計・建築されるべき施設です。しかし、20世紀以降の(近代)建築が傾倒してきたのは「機能主義」(Functionalism)。「教育施設」(=学校)や「医療施設」(=病院)のように、建物の担うべき機能上の目的が施設名になっているのは、利便性が重視されてきた証明です。大多数の医療施設では、名称以外で多目的に(建物や部屋を)利用したり、ユーザーが使いたい時に利用する例を耳にしません。効率性や安全性に重きを置いた構造が満ちているのです。そこには必ず目的がある。けれども、「安全第一・効率第一」という目的しかないから“余白”がないのではないか、と思うのです。

病院づくりにおける人間中心設計の原点回帰

いかに“余白”をつくるか。GEヘルスケアのMRI開発ストーリー等に倣うとすれば、言語化されていない患者の本質的な潜在ニーズを洞察し、ネガティブな体験をポジティブなものに変換していく作業の末、結果として“余白”が生まれる。これをイノベーションと定義できるのかもしれません。ユーザー体験のアップデートは製品開発(UI/UX)に留まらず、施設の設計プロセスで、いかなる方法・タイミングで、ユーザー体験を理解するための調査に介入できるかが重要です。

病院建設において運用開始後に職員のエンゲージメントやパフォーマンス、患者経験価値 (PX)について効果検証を行うことは重要ですが、実際に報告されている例は多くありません。 そもそも、建築計画(学)とは、人間の行動や心理に適した建物を計画する研究および応用であり、 HCD(Human-Centered Design)そのものと定義できます。 しかし、竣工前はエビデンスに基づいたHuman Centeredなデザインであるにも関わらず、運用が始まり新たな課題が見つかると(余白がないことに気がつくのも運用開始後)、複雑性・個別性の高い医療現場において大局的な観点で課題解決を図ることは容易ではなく、現場の医療従事者が対症療法(その場しのぎ)的に対策を講じる施設が多くあるのではないでしょうか。このような状況において、本質的にHuman Centeredな病院を追究するためには、患者と医療従事者、双方の経験価値が好循環する仕組みを俯瞰的に描き、竣工後も病院の在り方を模索し続ける必要があります。

ウェルビーイングはPXとEXの相乗効果を裏付ける

PXとEXが好循環する仕組みとはなにか。「サービスプロフィットチェーン」の全体図は、影響し合う両者の関係性を表しています。

病院経営におけるサービスプロフィットチェーン

医療サービスの価値/PXが上がると、患者満足度、延いてはロイヤリティも向上します。集客率が上昇することで病院の経済的な成長に影響。収益は職場環境の改善活動に投資され、その結果、従業員経験価値の向上に寄与します。彼らのロイヤリティや生産性が上昇すると、再びPXに還元される。こういったプロフィットチェーンが生まれると、(患者・従業員双方への)質の高いサービスが持続します。

さらに、今回の学会テーマであるウェルビーイングの観点でも、PXとEXの影響を考えていくことができるかもしれません。米国のリサーチ・コンサル会社GALLUP社は、およそ150か国の調査の結果、ウェルビーイングを構成する5つの要素を統計から導き出しました。(※2)

  • Career Well-being(仕事、ボランティア活動、趣味、子育て、勉強など)
  • Social Well-being(良好な人間関係、信頼や愛情で繋がる人間関係)
  • Financial Well-being(経済的な安定、資産の管理運用)
  • Physical Well-being(心身の健康)
  • Community Well-being(地域社会とのつながり、貢献している感覚)

下記の図は筆者が仮説を立てるために簡易的に示したモデルです。例えば待合室や休憩室、診察室を改修したとして、その環境デザインは、「良質な健康状態」(Physical Well-being)と「良質なコミュニケーション」(Community Well-being)に影響を与えるのか。さらに、「心地の良い職場環境の構築」と(それによる)「職場への帰属意識の向上」(Social Well-being)が向上すれば、「業務パフォーマンスの向上」(Career Well-being) へも好影響を与えるのか。また、Social Well-beingはPX側でも評価できることで、「患者ケアの質の向上」と(それによる)「(患者・ご家族からの)ポジティブなフィードバック」(Social Well-being)がモチベーションの源泉となり、その結果、「業務パフォーマンスの向上」に寄与するのか。5つのウェルビーイング要素の連続性を効果検証してみると、その過程で余白の必要性を証明できるかもしれません。

Well-beingと好循環の仮説(筆者考察)

さいごに

本学会の講演内容を考えるにあたり、『HCD-HUB』あるいは自分自身に再び問いかけました。無論、“理想の病院(づくり)”とはなにかについて。環境、情報、組織、教育、コミュニケーション… 様々な角度がありますが、思い浮かんだのは、“竣工はゴールではなくスタート地点であるべき”でした。私たちが実践するフィールドワークでは、アタリマエになってしまった院内環境を再定義することから始めていきたい。その実感を胸に、今日もまた、病院づくりを追究します。

【参考文献】

※1 三谷恭一.「理想の医療建築を求めて」.『近代建築』2001, 2月号、p, 92

※2 “Employee Wellbeing Is Key for Workplace Productivity”. GALLUP.

https://www.gallup.com/workplace/215924/well-being.aspx, 2023.10.23

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